創作小説③

2016年1月20日 趣味
主に友人知人向けの妄想垂れ流し
文章をましにしていきたい

※ワードから一区切りつくとこまでそのままコピペしたので長いです

 ・①
http://sioudx.diarynote.jp/201510200051575301/
 ・②
http://sioudx.diarynote.jp/201510292232162034/

  マシンスイーパー(仮)③

 自分の右肩のすぐ傍――つい先程まで彼の身体があった空間へめがけて、非常に細長く、きらりと金属光沢のある何かが、勢いをもって差し込まれるのを少年は見た。
 フェンシングフルーレ――彼は一瞬それを想起した。
 だが、自分を貫かんとした剣針を先端から眼で追い、ゆっくりと侵入者本体の姿を見定めた事で、彼はその認識をすぐさま改めた。
 あまりにも細く、一本のぴんと張られた糸であるかのようにさえ見える剣針のその根元は、土木作業車を思わせる無骨なアームマニピュレーターと一体化している。
 人間の腕で例えればちょうど、手の部分がそのまま剣針になっている形だった。
 そしてそのアームは、それと同じく鈍い銀色に光る人型の金属製ボディに接続されていた。
 少年にとってその正体は、大方の見当がついていたため、驚くものでもなかった。
 侵入者はこの――いわゆる『ロボット』であったのだ。
 頭部は全面が黒く丸い。
 全天球センサーディスプレイ式カメラになっており、上下左右全方位に死角のない視野を確保している。
 メインボディは一般的な成人した人間より一回り大きく、胸部から胴体にかけてドレスやスカートを思わせる広がりを見せる。
 腕部が二本、両肩からそれぞれ生えている。
左腕が人間的な手を模したマニピュレーターとなっているのに対して、右手の部分が剣針で構成されているという以外は、ほぼ完全な人型ロボットであった。
ただし、あくまでここまでは――上半身までは、という話であったが。
ロボットの全高は2mほどであるが、その上半分である人間型のボディを、大きく広がるスカート部分からアームマニピュレーターよりも太く長い四脚が伸びて支えているのだ。
四脚は、ガラクタがそこかしこに積み重なっている床のそれぞれ四方にその接地部を下ろし、しっかりと機体を安定させていた。
人型の上半身に四本脚――それだけならばケンタウロスをイメージするが、四脚を広げる姿を見れば、アラクネの方が例えとしては適正か。
 人間の半身に蜘蛛の脚を持つ怪物。
 少年は、このロボットを知っていた。
 『遊び』の道具を探していた時だ。
 ネットワークウェブを用いてヴィジョンモニターの設計データを収集していた際に偶然拾ったデータを目にしただけであったが、間違いなく。
 奇異に映る四脚は、合理的な走破性の重視。
 でっぷりと豊満に広がる胴体部分には、あらゆる治療器具が内蔵される。
 そして、右アームのマニピュレーター代わりに接続されている、少年がフェンシングフルーレを想起した細長い剣針は、最新式のマイクロ無痛注射装置。
 このロボットは――緊急医療マシンロイドなのだ。
 マシンロイドは、人間の生活環境で自律機動する、人間と同程度のボディサイズを持つロボットをカテゴライズする総称である。
 要するに、人間社会に適応する大きさを持って、自身が持つ人工知能(AI)で考えて行動するロボットは全てマシンロイドであり、彩葉市においてはとてもありふれた存在となっている。
 街中は警備ロイドが歩き回り、施設の整備点検や清掃もマシンロイドが行う。
 パークエリアやスポーツグラウンドには、飲料類を販売するマシンロイドが、人々の状態をスキャニングする機能をもって、ベストタイミングで電子音声による営業をかける光景が日常的に見られる。
 そしてこの少年の眼前にあるマシンロイドは、独立して移動する病院とでも言うべき機能を搭載した、最新鋭機であった。
 緊急医療が必要な災害現場へと、いかなる場所であっても瓦礫などに阻まれずに歩行し、マシンロイド自身の判断で治療措置や安全地帯への負傷者の救助を行うべく、最新技術によってつい最近に開発されたモデルであると、少年は記憶している。
――試験段階のはずだが、なぜここに。
 鈍い銀色で、威圧感がある無骨で蜘蛛型というそのボディは、洗練されているとは言い難かった。
 用途を踏まえると四脚型マシンロイドである点は変更されないが、試作機の性能評価がなされたら、実際に運用される正式機は怪我人を安心させる事ができるデザインへと外装が変更されるだろう事は想像に難くない。
 そんな、企業の研究施設でしかお目にかかれないような新型試作機がここ――自身の室内に侵入し、あまつさえ自分に危害を加えようとした事に少年は疑問を抱いた。
 いくつかの理由、可能性を考えたが、確かな事が一つだけ分かっていた。
――どうやら、仕留めるまで止まる気はないらしい。
 マシンロイドは射し込んだ右腕の針が空を切った事を疑問にも思わない様子で、まさしく機械的に、再び少年に注射針(ちゅうしゃしん)を向け直した。
 頭部のセンサーディスプレイは、時折自ら赤い光のラインを点滅させ、人間的に例えると、それを基準に焦点を調節する。
 少年に向けて一瞬そのレッドラインが十字に明滅し、無機質なマシンロイドに表情を作った。
 するとそれは四足を微妙に動かし、モーターの駆動によって腕の角度も調整、彼を正面へと捉えるのだ。
 その腕の細長い注射針を彼に突き立てる事を主目的にしているのは明らかであった。
 少年は静かに息を吐き、目の前の剣針を見つめた。
 それは改めて見ると、彼が思う一般的な注射針よりも長く、三倍ほどの違いがあるようだった。
 一本の糸のように細く長い針であっても、最新式のカーボンワイヤー製ならば高い強度を持つため、少年が勘違いしたフェンシングフルーレのような剣針大の注射針を作る事は可能である。
 だが普通はそのようなサイズのものを作っても、特に緊急医療の場では邪魔になる事が容易に想定されるため、今ここにあるその針は、危害を加えやすいように専用の設計が為されたものという事になる。
――誰が何を目的に。
 少年の疑問がまた一つ増えてしまったが、それについて考え始める事はできなかった。
――マシンロイドがもう一度、注射装置の剣針による突きを繰り出してくる。
 それを彼はあらかじめ察知した。
 背後に立たれた時は気付けなかったほどに駆動音の静かな最新機であるが、こうして相対した事によって、少年はそのわずかな音に加えて実際に見る事で関節部の動きを把握し、その挙動をつかむ事ができた。
 そして、マシンロイドの次の行動を把握した少年は、ただ回避するという選択を繰り返そうとは考えなかった。
 次の瞬間、実際に正確無比な突きの一閃が放たれた。
 マシンロイドのセンサーディスプレイが、少年を睨みつけるようにレッドラインを光らせる。
剣針は彼の胸元へ目がけ、その身体を貫かんとした。
 何倍もある体躯、質量の差は想像つかないほどの物体による一撃――その行動を読みきり、現実にも今まさにその光景を瞳に写した少年が、動いた。
 マシンロイドが右腕を突き出す動きは、とても人間的に見えて円滑なものであり、それでいて機械ゆえに可能な速度と正確さを有していた。
――最新の機体だけの事はある。
 自分の身体へと目がけて巨大な注射針が迫ってくる。
 少年は事前に把握し、そして実際に起こったその動きの全てを見ていた。
 それを見たうえで、少年は一歩前へ出た。
 彼とマシンロイドの間には、先程乗り越えた、彼が作業台に使っていたテーブルが置いてある。
 その上に彼は左手をつき、それを支えに体勢を低くし、躊躇なく、思い切り、左足で床を蹴った。
 彼の身体が撃ち出され、ちょうどマシンロイドの剣針による攻撃と激突するような形となる。
 しかし彼がそのまま串刺しになるつもりは、毛頭ない。
 少年は左腕と、テーブルの端に掛けた右足を使って、無理矢理に身体を反らした。
 胸元を狙い澄ましていた剣針は、彼が体勢を変えて突っ込んできた事で、彼の右目を貫かんとしていたが、少年の素早い身のこなしによって、結局は彼の右側頭部をぎりぎり掠める事となった。
 剣針が間を通り抜け、長い黒髪がわずかにかき上げられる。
 的確に、機械的に行われたはずだった一撃は、彼の表皮――薄皮一枚を持っていったかどうかである。
 対して少年の行動は、まだ終わってはいなかった。
 合成プラスチック繊維で編み込まれた白の服に包まれた少年の小さな身体は、同様の素材で作られているテーブルの表面上を少ない抵抗で滑る。
 彼のゆったりした着こなしで、余った袖や裾がはためく。
そのうちの、一方の袖の中――彼の右腕から、まるで生えてくるように素早く、一本のドライバーが取り出された。
テーブル上を滑った身体は、マシンロイドの右腕の下へと潜り込み、その胴体を正面に捉え、彼の手が届く範囲にまで接近した。
 少年は見事に、自分より遥かに強大なマシンロイドの懐に入ったのだった。
――腹部正面・第一メンテナンスハッチ、七番ボルトから――
少年の瞳が、妖しく光った。
彼の右腕が、マシンロイドの胴体にあるメンテナンスハッチへと伸びる――
「……ッ!」
 次の瞬間、少年は思わず右手に握っていたドライバーを手放した。
 それなりの重さがあるドライバーは、鈍い音を立ててテーブルの上に落ちる。
円筒形状をしているために少しばかり転がり、先程に解体されていたモニターと、散乱するその部品の中で止まった。
「本日午後からの天気の予定はこのようになっていまーす」
 状況に似つかわしくない声が部屋に響く。
 テーブルの上に半壊のまま放置されたモニターからであった。
 いつからというなら最初からずっとであり、テーブル上を少年が行き来したものの、モニターには全く当っていなかったために、ただただ放送を受信し続けているのだ。
「……? ……ん」
 それを気にする事もなく少年は数回、右手のひらをゆっくり開いては閉じた。
 全体的に色の薄い彼の肌で、そこだけがほんのり赤みを帯びていた。
 非常に軽度だが、火傷を思わせる状態である。
 急に右手へと衝撃が走り、ドライバーを持っていられなかった。
 ちょうど、強い静電気に当てられたようであった。
「……電磁フィールド、かな……」
 少なからず驚きを抱いた少年の口から、小さく独り言が漏れた。
 高性能な警備用マシンロイドなどには、機体の防御と敵対者の制圧を行う機能を持つ、電磁力場発生装置を備えるものがある。
 それを少年は知っていた。
 だがその装置は大型であるうえに必要エネルギー量がまさしく桁違いに上昇するため、あくまでごく限られた機体にのみ搭載されるはずである。
 大企業の最新科学研究所内を巡回する警備ロイドを、少年は想像した。
 まかり間違っても、医療用マシンロイドに標準装備される機能ではないのだ。
――滅茶苦茶な改造が施されている。
 恐らくは通常の場合、医療機器コンテナとなっている膨らんだ胴体部位に、フィールド発生ジェネレーターが内包されているのだろうと、少年は推察した。
 殺傷能力の高い長注射針といい、外見上は医療用であることにこだわりながら、その内実は彩葉市内でもトップクラス――つまりは世界有数の、対人戦闘用マシンロイドとして作り変えられているのだ。
 あまりにも滅茶苦茶が過ぎ、荒唐無稽な話に思えたので、少年は一瞬間が経ってからも、驚きを抑えられないでいた。
 ロボットというカテゴリーの中に、マシンロイドというジャンルがある。
 そしてマシンロイドとひとくくりに言っても、当たり前の事ではあるが、医療用と戦闘用ではまるで種類が違うのだ。
 種類が違うという事は求められるものが全く異なるわけで、内部フレームの構造から使用される接続ボルトの型式まで、それらは基礎設計の段階から完全に別物なのである。
 そんな二種類を一方から、もう一方へと改造・改装するなど、非常に非効率極まりない話であり、それぞれの用途に特化した精密機械そのものであるマシンロイドにとって、それは間違いなくありえない――行われない事なのだ。
 なぜここに、誰が何を目的に――そして、どうしてそのような仕様で運用されているのか。
 ただただ増え続ける疑問の全てが、少年には何一つとして分からないままだった。
 結局、彼にとってただ一つの確かな事は、この謎の殺人機が、自分を狙い続けているという事だけだった。
 一瞬――少年が反撃に差し込もうとしたドライバーを弾かれてからの一瞬――自らの懐に飛び込んできた少年の小さな身体を、他の部位の身動ぎ一つ見せずに、頭部ユニットのみをわずかに前方へと稼働させてマシンロイドが覗きこんだ。
 暗い、黒い球体が、傷一つ無いその表面に少年を写す。
 そこに当然、表情は無かったが、照準合わせのレッドラインが走ると、獲物を見下ろし品定めしているようであった。
 横たわったままである少年は、体勢を起こそうとはせずそのままの状態で、足と左手に身体全体も使って無理矢理に転がり、先程に乗り上げたテーブルの端から今度は逆に、その下の床へと落下した。
 不格好で、数十センチの高低差とはいえ身体を打ち付けて、それなりの衝撃に痛みも走ったが仕方なかった。
 右腕全体にまだ痺れが残っているため、腹ばいの状態から立ち上がるのに、片手ではわずかに時間が掛かってしまう。
 その、逃げるまでのほんの少しの差が、まさしく命取りとなるかもしれない事を、少年は予期していた。
 実際、マシンロイドの駆動音などを聞き分けずとも、追撃が来るだろう事は火を見るよりも明らかだった。
 少年を見据えたマシンロイドは、標的の確認は再度終えたというように、突き出していた右アームを戻しながら、機体の姿勢を微妙に制御して、倒れている彼を中心へと捉え直そうとした。
 だが、少年が無理をしてでも素早くテーブル上から退避したため、それを捉えきる事ができなかった。
 マシンロイドは、それを悔しがるでもなく、ただ機械的に、テーブルの向こう側へと消えた少年を追いかけようとした。
 四本の蜘蛛脚が稼働し、まずはそのうちの一本――左前脚の底部がテーブル上を踏みつける。
 分解されたまま放置されていた様々な機器の部品が下敷きにされ、鈍く痛々しい悲鳴を上げた。
 それと同時に、テーブル全体が軋みを上げ、わずかに唸る。
 続いてマシンロイドは、右前脚部を出してテーブルを越えようとする素振りを見せた。
 ここまでは非常にスムーズな動きであり、AIの思考完成度は高いといえる。
 脚部の下にちょうど、先程に少年が取り落とした電動ドライバーと、分解されたヴィジョンモニターが放置されているものの、問題なく安定した脚部接地が行えると判断しているのだろうと考えられる。
 マシンロイドは機体の両前脚で、テーブル上へと踏み込んだ。
「――はーい、今週はここまででーす! また来週も、皆さんに情報をお伝えします! それでは、さよーならー……――――――ッヅ……ッ! ヴウゥゥ……ウゥゥン……」
 状況に関わらず女性アナウンサーの快活な声を受信し届け続けていたモニターが、形容しがたい音を発したのを最後に静かになった。
 少年も、当然マシンロイドも考えていたわけではないが、モニターはその役割を一区切りつける事ができた段階で最期を迎えた。
 放送される一番組がちょうど終了した瞬間に、モニターは踏みしだかれ、音を立てて砕けてしまったのだ。
 それと同時に、少年の手を離れてしまったドライバーも脚底部の下敷きとなり、微かな壊れる音だけを残して、ほとんど抵抗なく押し潰されていく。
 モニターとドライバーがマシンロイドとテーブルの間に挟まれ、ばらばらに破砕されると当然、間髪いれずにテーブル本体の板上に、無骨な右前脚部が降りる。
 両前脚部がテーブルへと完全に接地し、乗り越えようとマシンロイドが脚部を稼働させ、その重心が前方に移動した、まさに時だった。
 先程までは小さなうめきであったテーブルからの声が、突如として一気に炸裂し、悲痛な叫びに変わった。
 それとともにテーブルの表面全体へと瞬時に亀裂が走る。
 ついに限界を迎えたテーブルは、マシンロイドが前脚部を下ろした地点を中心としてばらばらに、無残に裂けていった。
 運用目的、そして機種にもよるが、一般的にマシンロイドの金属パーツには、軽量で剛性・柔軟性に優れるサイカライトと呼ばれる合金が使用されているため、見た目に反してそれらの重量は軽い。
 だがそれでも、子供用の合成プラスチック製テーブルではその重量を全て支えきることができなかったのだ。
 少年の作業台が粉々に砕けたことで、マシンロイドの脚部はそのまま、つんのめるように床の上へと勢いよく接地した。
 しかし四本の蜘蛛脚が巧みに姿勢制御を行い、機体の上半身は何もなかったかのように、まるで身動ぎしなかった。
 想定よりも着地点の強度が低かった、移動に支障はなく、再び標的の確認に向かう――マシンロイドにとってはその程度のことだ。
 そこに表情はないが、AIの思考はそんなところだろうと、テーブルの残骸の傍で転がっている少年は当たりをつけた。
 粉砕されたプラスチック片が部屋中に舞い上がり、身体にはらはらと降りかかってくるので、彼は思わず咳き込んだ。
煙幕(スモーク)になるほどでもないので、位置がばれるなど気にすることもない。
――死期が数秒くらいは早まるかもしれないか。
 少年はちらりと考えた。
 そんな彼の気を察するわけもないが、他に音を発するものが無くなった部屋に、咳き込む音が響いたのと同時に、マシンロイドは床に横たわっている彼を確認したようであった。
 再びそれは少年を見据えて、移動を開始した。
 少年が解体したモニターの部品やテーブルの残骸、元々床に転がっていたパーツ類などがその脚の下敷きにされ、それぞれに音を立て、ばらばらに壊れていく。
 少年の行った分解とはまた違う、単純な破壊であった。
 確実に近づいてきているマシンロイドに対して、右肩を下にして横になっていた少年は、まるで構わないかのように少しの身動ぎをして仰向けになった。
 無理に逃げようとは考えていなかった。
 ここまではなんとか掻いくぐってきたが、マシンロイドの正確な攻撃を生身でかわし続けるのは、いずれ不可能になるということを少年は分かっていたのだ。
 ロボット――機械であるマシンロイドは疲れを知らず、いくらバッテリー容量という活動の制限が存在するとしても、それは人間の連続行動できる時間を優に超えているのである。
 少年には、最低十時間ほどはこの相手から逃げおおせる、という自信はまるで無かった。
――逃げる自信はないけれど、このままやられるつもりもない。
 やがて移動を終えたマシンロイドは少年の上にまたがるような位置で停止し、正面から彼を見下ろした。
 表情はない、油断も隙も当然見えない。
 それを見る、少年の瞳が妖しく光る。
 少年は今、見つけた『機械(AI)相手にこそ通じる方法』を、自分の正面から来る相手に対して、あらゆる方向からぶつけるつもりであった。
 だからこそ彼は、その場から逃げようとしなかったのだ。
 威圧感だけを与えてくる、自身の上に覆いかぶさる巨大な影を妖しげな瞳で睨みつけ、少年は密かに手元に持っていた一つのスイッチを押した。
「今日は、ハーバーエリアに来ております! こちらに先日新しいレストランが――」
 「マシンロイドの運用保険各種は、安心のGG社をお選びください」
  「本日、午後からは雨の予定となっております。お気をつけて」
   「――対YGラビッツ、三回戦の模様をお送りいたします」
    「そう……犯人はあなたですね?」
突如として少年の室内から、多種多様であまりにも雑多な言葉の渦が巻き起こった。
それは一か所ではなく、部屋中の至るところから響き渡り、騒音を超えて、ちょっとした爆発のようであった。
それこそが、少年の狙いだった。
彼は酷い喧騒の中、無理をせずゆっくりと身体を起こし、右腕を軽く振るった。
――だいぶましにはなっているかな。
 そんな、言ってしまえばのんきが過ぎる少年に対して、マシンロイドは何ら行動を見せなかった。
 ただ見せないのではなく行動、できないでいたのだ。
 少年は完全に静止しているマシンロイドを尻目にその傍を通って軽く駆けだした。
 あちこちにガラクタの山が天井近くまで積もっているので通りにくいが、広い部屋の向こう側には唯一の出入り口である自動開閉ドアがある。
 そこへ向かおうとする途中で彼は、あんまり大きな音の反響の連続をうざったく感じていった。
 少年はいったん立ち止まり、左手に握ったままの先程押したスイッチをぽいとその辺りへ投げ捨てた。
 そして空いた両手のひらでそれぞれ耳を押さえた。
 手の先の、余っている袖がふりふりと細長いウサギの耳のように揺れる。
 手のひらと服での防音効果はそれなりにあったようで、彼は満足げにまた走り出した。
 ガラクタの仲間入りをし、山の麓の一部となったスイッチが、周りにかき消されてしまうほんの少しの音を寂しげに立て、わずかにずり落ちて、止まった。
直方形のプラスチックケースの一面に様々なボタンや小さなディスプレイがついたリモートコントローラであった。
少年がマシンロイドの攻撃をかわしてテーブルから落ちた時、彼の傍に偶然転がっていたのだ。
普段から放置しており、彼自身もそれなりに時間を掛けて探さないと出てこないようなものであったが、その機能を知っていた彼がマシンロイドへの『攻撃策』として、素早く手元に引き寄せたのだった。
そのコントローラは『ハウスオーナー』と呼ばれる、一般の居住宅には必ず備品として存在する、一種の必需品であった。
ハウスオーナーは、それが用意された各居住空間内に存在するマイクロパルス送電システムへの登録が完了している、それぞれの電子機器をコントロールする機能を持ち合わせている。
つまりは、一度宅内でバッテリーを供給するコンセントスタンドに紐付けした機械製品ならば、スイッチ一つで全て自由に使えるようにする機器である。
どれだけ科学が進歩しても、人間は怠惰な生物であり、むしろ機械であらゆる作業・生活がこなせるようになると、膨大な数のそれぞれに特化された機器の機能設定が分からないという人間が増えていった。
これは少年にとっては理解しがたいことであったが、例えば室内灯をオンオフするという行為を、どういった理論で、どのようにするのか分からないという人間は、この科学都市彩葉市にも珍しくはないという。
ゆえにハウスオーナーは作られたのだった。
昔の話であり、少年も製作された経緯は知識として知っているのみであったが。
彼は普段から自宅内で機械製品を扱う際には、それぞれのコントロールパネルや備え付けの各種コントローラを用いていた。
便利かどうかよりは、ただ様々な機器に触るということに魅力を感じていたと言えるか。
そのためにハウスオーナーはどこにしまうでもなく完全に放置されていたのだが、それが結果的に起死回生の一手に繋がったということに、少年はただただ驚いていた。
――もう少し、丁重に扱ってあげても良かったかな?
 少し後方を見やりつつ、少年は口元をわずかに緩めた。
 少年が、ハウスオーナーを使って行った電子機器への指令は、非常に単純なものであった。
『電源を入れる』
 ただそれだけである。
 しかし、正確にはもう少し、付け足されていたコマンドがあった。
 それは『この区画内――室内全ての機器へ』だった。
 少年はそれを設定入力し、ハウスオーナーの実行スイッチを押していたのだった。
 ハウスオーナーからの命令電波は、すぐさま各電子機器へと届き、実行される。
 少年は自分の遊び道具として、ヴィジョンモニターをよく選んでおり、自室へと持ちこんでいた。
 そのため室内には大量のモニターが乱雑に置かれており、大半は遊ばれて電源の入らないスクラップ状態で、ゴミ山を形成しているが、中にはまだ機能を保ったまま放置されているものもある。
 少年も数は把握していないが、なにぶん部屋を埋め尽くすほどの総数があるため、電源が入る状態のモニターはそこかしこに、かなりの数があると踏んでいた。
 それら全てに一斉に、電源を入れる指令が届き、実行されたのだ。
 その結果、室内のありとあらゆる場所でヴィジョンモニターは、自身に記憶されていた最後の放送電波のチャンネルを、それぞれが勝手に受信して中継を始めたのだった。
 部屋中の様々な場所から、様々な音量で、様々な人の声音や音楽、番組の効果音が混ざり合おうともせず反響し、まさしく不協和音となっていった。
 少年の狙いは正しかった。
 これによって、マシンロイドは停止――一時停止したのだ。
 少年にとって――人間にとって、あちこちで好き勝手に響く多数のモニターからの騒音は、それはそれである種の脅威ではあるのだが、単純に『うるさい』だけであり、意味のある音声を伝えているのか、半分も理解できないうえにわざわざ聞きとるつもりもないものである。
 しかし機械(AI)は、人間よりもずっと真面目である。
 人の脳は知覚するあらゆる情報を全て処理しようとすると、すぐにキャパシティオーバーしてしまう。
 ある程度、手を抜くようにできているのだ。
 AIにはそれがなく、逆に高度な人工知能は、周囲の情報を漏れなく集めることで、人間のようなスムーズな行動をとっている。
 そんな高性能AIにとっての大きな問題が、あまりにも雑多な情報の過多なのだ。
 つまりマシンロイドは、少年が行ったヴィジョンモニターの一斉放送によって突発的に発生した、暴風のような音声の連鎖を受け、状況判断のためにそれらを処理しようと、フリーズしてしまったのだ。
 これは一般的なマシンロイドには発生しにくく、高性能なAIを搭載しているほどよく起こる現象である。
 少年はこれまでのマシンロイドの挙動や状況から、この策が嵌まると確信して、実行したのだった。
 それは的中しており、マシンロイドのAIにとってはまさしく、全方位を知覚できる自身の眼前で余すところなく炸裂した、閃光弾であったのだ。

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