主に友人知人向けの妄想垂れ流し
思考試行錯誤中
・①
http://sioudx.diarynote.jp/201510200051575301/
・②
http://sioudx.diarynote.jp/201510292232162034/
・③
http://sioudx.diarynote.jp/201601200011517934/
マシンスイーパー(仮)④
少年は際限なく続く騒音の中、ガラクタの山々を避けつつ、駆け足で唯一の脱出口となる部屋のドアへと急いだ。
非常に有効な手段でマシンロイドを足止めした彼であったが、それが長続きするものではないということも知っていた。
いわば今は「わっ!」と驚かされた人工知能が、なぜ何に驚かされたのか逐一検証している最中であり、もう間もなく再起動するはずなのである。
そしてこの手は、二度と使えなくなる。
一度学習したマシンロイドは、人間と違ってもう間違いを犯さない。
それを少年は理解していた。
次からは騒音の満ちる空間においても、迷わず彼を標的に狙ってくるのである。
愛用している自分の『武器』が通じず破壊され、彼は自分に打つ手はないとはっきり感じていた。
今は、距離をとるしかないのだ。
少年は室内でも特に肥大化して天井すれすれまで積もっているゴミ山を回り込み、その裏にある扉の前までようやく辿り着いた。
それなりに広い室内ではあるのだが、あちこちのガラクタのせいで余計に時間が掛かってしまった。
――やっぱり掃除するべきだったかなぁ、生き残ったらしよっか。
少年はぼんやりとそんなことを思いついていた。
彼はちらりと後ろを見やる。
だが、視界には積もる機械類ばかりで、部屋の奥側において待機状態であろうマシンロイドを窺うことはできなかった。
気にしてもしようがないと、少年は正面へ向き直った。
この部屋と、住宅内の他室とを繋ぐ廊下の出入り口となるのは、彼の目の前の扉一つであった。
彼は個人的に不便ではないかと思っていた。
だが自分が、実はこの部屋がそもそもリビングルームか何かなのか、それさえ分かっていなかったので、もしかしたら意味があるのかもしれないと、設計を責めるつもりもなかった。
とにかく、部屋から出ることができるのはその一か所のみである。
扉は合成プラスチック製の横方向へスライドする電可動式自動ドアであり、扉の中央についたディスプレイを通して人物認証を行い、セキュリティロックが掛かる一般的なありふれたものであった。
そのため、少年も慣れきった動作でディスプレイをタッチ操作し、そのカメラへと自分の顔を向けてロックを解除しようとした。
その時ふと、彼の脳裏に新たな疑問が沸き起こった。
いくつか疑問の連続を経験していたが、今度はマシンロイドに関することではなかった。
状況に似合わず非常に日常的なことであったため、拍子抜けというか、あまりのずれに違和感を覚えるほどだった。
本当に一般的で、多くの人間が抱いたことのある疑問だったのだ。
「……ロック……」
――鍵、掛けていなかったっけ。
少年は自分の今日の行動に関する記憶をさらってみた。
自宅を出る。
遊べそうなモニターを見つけて喜んだ。
恥ずかしながら、これから始める遊戯を思うと気分が高揚して鼻歌でもかけたかもしれない。
自宅へと戻った。
遊び――作業場にしている自室へ戻る。
手癖になっている、セキュリティロックを設定したはずだった。
そもそも少し遡り、自宅のエントランスでも、自分が帰宅した時点で自動ロックが掛かるはずである。
――そうすると――
辿っていくことで着いた答えだったが、やはり最初から、マシンロイドに関する疑問であったのかもしれない。
――『奴』は、招いてもいないのに静かに入ってきたわけだ。
襲われる直前まで気付かなかったマシンロイドの侵入、鍵の掛かった扉から入ってきたのだということが分かり当然、次に少年が抱く疑問は決まっていた。
――どうやって……見たところ壊された形跡もない。それじゃあ…………
ドアのディスプレイの前で、少年はぴたりと動きを止めた。
完全に、停止してしまっていた。
まるで、目の前の閃光弾に目がくらんだように。
恐ろしいことに、気付いてしまったのだ。
しかもそれは、一つではない。
……いや、それらは、一本の線で結ばれ、確かに一つの答えを導き出していた。
まず眼前のディスプレイの、人物認証がいつまでも終わらなかった。
ロックが解除されないのだ。
非常用に取り付けられている取っ手をとりあえず、闇雲にただ握り力を込めても意味はなかった。
正直なところ、少年には無意味だと察しがついていた。
すーっと、少年はか細く長い息を吐いた。
その音はとても小さかったが、室内に他に響く音はなく、よく聞こえた。
そう、いつからか部屋中全方向から鳴り響いてくるヴィジョンモニターから発せられる様々な音が、いっさい無くなっていたのだ。
自分の耳が、大音響によっておかしくなってしまったならその方がいいかと、少年は思った。
だが実際に目に見える変化で、先程までは多数のモニターが光源となって好き勝手に輝いていたため、イルミネーションとはいかずとも室内をいくらか普段より明るくしていたのだが、今は平時に戻っている。
ヴィジョンモニター全ての電源が、落ちているのだ。
そして、セキュリティロックの掛かった住宅内への侵入――少年にとって、その恐ろしい答えは明らかであった。
「クラッキング機能……」
彼の口から思わず呟きが漏れた。
いくつかの事象から導き出された解答が、彼をぞっとさせる。
――ネットワークシステムに侵入、改竄する能力を有している、だとしたら――
少年は、もはや脱出経路でも何でもない、ただの壁と化しているドアへの操作をやめて、さっと振り向いた。
扉を背に、広い室内を見渡そうとしても、その位置からは正面に高く積もるガラクタとなった機械製品の山しか見えない、はずであった。
だが、少年の瞳は、今確かに存在する、ガラクタ以外の『モノ』を映し出してしまった。
ガラクタの山――機械の重なり合い積もったその不安定な場所に脚を広げ、鈍い銀色の金属光沢のある巨体を支えて、少年をじっくりと見据えるマシンロイドの姿が、そこにはあった。
目の前に再び現れた巨大な殺人機に、少年は絶句する。
マシンロイドは、左側の脚部で積もった機械類を踏みつけ、右の二脚を床に接地させていたため、その機体全体が斜めになっていた。
それがまるで首をかしげ、追いつめた獲物を眺めているようにも見えた。
少年は、最初に不意討ちを受けた際とは異なり、忍び寄るマシンロイドに気付いていなかった。
少々の慢心と、考え事の重なった結果である。
だから考えが実を結び、危険を感じて後ろを振り返ったことは、彼にとって非常に幸運なことだった。
マシンロイドは、彼が向き直った次の瞬間には、構えた右腕の注射針を撃ち込んできていたのだ。
振り返らなければ、そのまま串刺しであった。
少年は自分目がけて放たれる一撃を眼前に捉え、それよりも一瞬早く前方へと踏み出した。
今度は、反撃の一手ではない。
背後は閉めきられた扉、左右に逃げても退路がないことは変わらない。
ここに、逃げ場はない。
マシンロイドを振りきってその向こう側へ逃げる――
それ以外に、他に選択肢がなかったのだ。
彼は、まさしく剣針での一撃と見紛うほどの鋭く撃ち込まれる注射針の軌跡を見切り、それよりも内側に身体を反らした。
三度、少年はマシンロイドの一撃をぎりぎりのところでかわしたのだ。
彼の軽い身のこなしは、まだマシンロイドに捉えられていなかった。
それを学習されるまでは、彼にはまだ逃げる機会があるかに思われる。
マシンロイドの右腕からの鋭い突きを避けた少年にとって、そのまま距離をとって逃げるためのルートは、機械の巨体の左横を潜り抜けて、正面の邪魔なガラクタの山を回り込む、そして部屋の中央へと走りぬける、それしかなかった。
結局のところ、元々いた場所へと戻るだけになってしまったのだ。
実際に、少年は一撃を避けるとすぐさまに力強く左足から機械の山肌へと踏み入り、そのまま踏み抜いて一気にジャンプするようにマシンロイドの傍から抜け出ようとした。
だがそれは、叶わなかった。
マシンロイドの攻撃は、これで終わりではなかったのだ。
「っあ……」
機械の部品同士が絡み合ってできた山の表面を蹴り、その場から大きく飛び退こうとした少年から、思わず声が出た。
彼の足に、何かが引っ掛かった――勢いをつけようとしたのも叶わず、失速する。
そしてそのまま、少年の身体はバランスを崩し、彼はその場で為すすべなく転倒した。
一回転――失敗した前転のようにひっくり返り、機械の山に身体を打ち付けられながら彼は見た。
山の陰から、放置されているガラクタ群とは違う銀色に磨かれた金属光沢を放つ、『一本の太く長い棒状のなにか』が伸びていたのだ。
――脚。
それは確かにマシンロイドの、特徴的な脚部であった。
マシンロイドは自身の攻撃がかわされた際に少年の、逃げるルートを想定して新たな攻撃を仕掛けていたのだ。
飛び込んでくる地点に障害物を設置する――あまりに簡単な『足止め』――極めて単純な方法だったが、ゆえに効果的であった。
少年は実際に追いつめられており、他に逃走する手段がなかったのだから。
また、かなり知性的な作戦だったとも言える。
マシンロイドが差し出したのは、左後方脚部だった。
右の二脚は床に、左脚部をガラクタの山に接地していることは少年からも確認できていた。
だが、マシンロイドはちょうど少年の視界を遮る、積まれたガラクタの前後を跨ぐかたちで彼の前に現れたため、左後方脚部を直接視認することが彼にはできないでいた。
そして、少年がその身軽さをもって抜け出ようとしてくる空間に踏み入る――その瞬間に山の向こうに隠れていた脚を使って、少年の足をまさしく、罠に引っ掛けたのだ。
タイミングは完璧であった。
空中へ駆け出すように飛び出したはずの少年はガラクタの上に投げ出され、今や激しい音を立てながらがらがらと崩れるそれらとともに小さな身体が滑り落ちていく。
山全体が雪崩て少年の身体を押し出し、ついには床上へと機械類を大量に下敷きにしながら転がった。
少年の身体は仰向けに力なく放置されたように、大の字になっていた。
少年が、気を失ったりしたわけではない。
ただ彼はぼうっと天井を見つめていた。
――どうにもならないなぁ。
ほうっと、少年は息を吐く。
もはやマシンロイドに太刀打ちする術も、逃れる術も思いつかなかった。
『遊び』の最中、突然にマシンロイドの襲撃を受け、思えば唐突な最後だと、彼は思った。
いったいどのような指令を受けて動いているのか、結局のところ皆目見当がつかないことが、彼には非常に残念だった。
――電磁フィールドによる防御機構、鍵(ロック)を解錠、電子機器を一斉に制御してしまうクラッキング機能が、最新鋭の医療用機体に乗っかっている、豪奢が過ぎる設計……それに――
少年は、左腕を軽く上げ、寝そべる自分の眼前まで持ってくる。
耳元で、からからとわずかに音が鳴る。
下敷きにしているプラスチック製の部品がいくつか衣服の動きに巻き込まれて動く音だった。
彼が目の前にかざした自身の手は、少し色素の薄い肌の色であったが、それは普段通りである。
彼は健康そのものであった。
そう、生きているのだ。
それが彼にとって疑問であった。
――AIの思考レベルが最初は低かった、何もかもちぐはぐだ。
少年はマシンロイドの攻撃をこれまでほとんど逃れてきた。
それは彼自身の知識と運動能力によって為したことであるが、ではマシンロイドは、どれも子供一人捕まえることにも手こずってしまう程度の存在であるかと言えば、それは間違いである。
少年を突如として襲ったこのマシンロイドの人工知能が、あまりにも人間の動きや、周囲の状況に対して、お粗末であったのだ。
ちょうど、人間の赤子が家の飼い猫にじゃれつこうと、本能で追いかけ回している程度の知性だった。
日常的に彩葉市で運用されているマシンロイドの、学習を行ったAIが、人間並みの滑らかな動きをするこの最新鋭機に搭載されているならば、恐らくはもっと早い段階から追い詰められていただろうと、少年は思った。
もうとっくに、白っぽい柔な肌に、鋭利に光る注射針が突き立てられているはずである。
ただ、最初は空っぽと言えたAIの知能も、標的を追う中でその行動・状況を理解し、ついに罠に掛けるという絡めの一手を使うまでに学習成長を果たしたようだった。
――なんだ、まるで――
実験じゃないか。
少年は思った。
新しく開発された機体に、新しく開発された人工知能(AI)を搭載しての学習実験――そう考えればあながち、研究施設でしか見ないようなマシンロイドの登場も、おかしくはなかった。
一つの疑問が解決したように思えたが、あくまで一つだけ、であった。
誰が送り込んだのか。
なぜ、実験場がここで、自分が標的として扱われているのか、少年に分かりはしなかった。
それに――そもそも『量回線(ハカリネットワーク)』に登録(エントリー)されている電子機器に対して、クラッキングを掛ける性能を持ったマシンロイドという存在そのものに、彼は驚き、疑問を抱いていた。
彩葉市内のあらゆる機器の制御装置(OS)は、市を統括するスーパーコンピュータ『量』に紐付け、管理・監視されている。
この街のコンピュータへと横合いからアクセスするというのは、敵地の中央に独り踊り出て戦い始めるようなものであり、あまつさえ勝手に操作するともなれば、それはさながら一騎当千――現実的に考えれば土台無理な話である。
だが実際にマシンロイドは鍵(ロック)の掛かった住宅内へと侵入し、少年を閉じ込め、モニターの電源を一斉に落としてもいる。
――スーパーコンピュータが管理する巨大なネットワーク上で電子機器の操作を行える存在――
「……あっ」
天井へと向けて、少年は間の抜けた声を上げた。
――簡単なこと、あるじゃないか、『スーパーコンピュータが管理する巨大なネットワーク上で電子機器の操作を行える存在』が、一つだけ――
天井を見つめたままの少年の上にふと、大きな影が掛かった。
マシンロイドである。
ばらばらに崩れてなだらかな高原のようになったガラクタの山を踏みしだき、マシンロイドは倒れる少年を改めて正面に捉えるよう移動してきたのだ。
覆いかぶさるかたちとなり、彼を下にしてセンサーディスプレイが覗き込む。
いつの間にか黒の球体カメラに一本――横線のレッドラインが常に入るようになっており、凛々しい狩人を思わせる表情を少年に空目させた。
AIがここまでの経験則から、対象を追う際に目標との距離を把握するための基準線として設定したのだろうと、彼は考えた。
マシンロイドは少年を見据えながら、再び右腕の大型注射針を構えた。
そしてそれを微動作させ、彼の胸部正面に狙いを定める。
――注射針で胸を狙うことに、こだわるなぁ。
これを少年は、かなり早い段階から感じていた。
どの状況でも、マシンロイドが直接の攻撃を仕掛けてくるのは、胸部または背部の、身体の中心へ向けての注射針の突きのみであった。
狙われるいわれは思い当たらなかったが、自分を標的とするマシンロイドを送り込んでくるのなら、他にやりようがあるはずだと少年は思っていた。
――学習前のAIが使われているのは実験だとしても、攻撃方法まで指定されているのには何か意味があるのかな。
マシンロイドに、他に攻撃の選択肢があったならば、もう少し早くにやられているだろうと、少年は自信を持って言える。
逆に言えば、攻撃がそれしかないと判断したからこそ、ここまで行動してきたのではあるが。
――注射器を刺すこと、それ自体に意味があるのかな、何かの注入、それとも――
「血を抜く」
思わず漏れた言葉、それに少年はどこか引っ掛かる。
――あれ、何だろう……何だか繋がる気がしてきたんだけれど、何だったかな……聞いたこと、何か聞き流していたことが、あったのかな――
自分が気付いたことと忘れていること――それらを繋ぎ合わせることができれば、これまでの疑問や違和感に答えが出るような気がした少年だったが、時間の猶予が残されていないことを、マシンロイドがその行動をもって告げていた。
彼を正面に捉える注射針を接続する右腕が、ぴたりと動きを止める。
まさしく狙い、澄ましていた。
少年を跨いでいる四脚がまるで檻のように彼を囲っている。
逃げることはもはや叶わない。
少年はゆっくりと息を吐き、そして目を閉じた。
室内は無音、動きのない状態のマシンロイドの稼働音はないも同然で、静かなものだった。
そして、少年が幾度か息をした、その時だった。
マシンロイドの関節部が稼働を開始するわずかな音――それが彼の耳に微かに聞こえた瞬間に、突如として凄まじい爆発音が、それを一気にかき消した。
少年は思わず反射的にびくりとし、マシンロイドも動きを再び止めた。
少年を見下ろすよう前傾していたマシンロイドの姿勢は元に戻り、部屋の出口――扉の方を確認するようじっと見据えた。
そう、爆発音は確かにその方向――少年の後ろから炸裂していた。
少年は、わずかに身体を起こし、首を動かして目をそちらにやった。
おそらくは玄関からだと、少年は当たりをつけた。
地響きが聞こえる。
建物の一部が崩れ落ちて、地面へと打ち付けられる、断続的な崩落音であった。
続いてその音に紛れるかたちで、また別の音の連続が、少年の耳に届いた。
それは、急に発生し始めた暴力的な音の連鎖の中では一際小さなもので、彼にとっては辛うじてかすかに聞こえるのみであった。
だが、確かに聞こえたその音は、少年に音の発生源――その『主』の存在を如実に伝えた。
『何モノ』かが――走る音なのだ。
たったったった――
軽い音――二本足だな、と少年は見当をつけた。
だがそれが何かは、正体は分からない。
この期に及んでまた新たな疑問、だった。
少年にとってただ一つ、分かっていることは、それがここに向かってきているということだけだった。
足音が、継いで、継いで、継続的に、部屋の出入り口へと近づいてくる。
そして、それが部屋を閉めきっている扉の付近にまで来た時だった。
軽い音の連続だったそれは、途端に一歩の、力強い音に変わった。
走る勢いのままに、踏み込んだ音だ。
たったったった――だっ!
その音が、扉越しに少年へと届いた直後である。
固く閉ざされていた扉の中心から縦に、すっと光が走るのを彼は見た。
そして、次の瞬間――まさしく刹那の間に、光の軌跡から、まるで枝葉が伸びるかのように光が漏れ出した。
稲妻が、迸ったのだ。
扉はその光の一閃によって、真っ二つに両断されたのだった。
光が薄まっていき、扉からはその痕が見てとれるようになる。
綺麗な一線をもって二つに分かたれた扉の断面からは、その構造を成す機械類が覗く。
次いで、扉からは新たな稲妻が巻き起こった。
外装から内部に至るまで破壊を受けたことによって電子部品がショートし発生した、スパークであった。
それが荒れ狂い、操作パネルに火花が散った後に弾け飛んだ。
激しい破壊音――上がる煙――最後に扉はめきめきと音を立てながら、分かれたそれぞれに部屋の内側へと倒れ込んできた。
舞い散る火花。
巻き上がる部品の欠片たちは扉の物か、それが叩きつけられた床に散らばっていたガラクタの部品かも分からないが、おそらく両者の混在であろう。
視界が悪く、けたたましい音が反響する、混沌とした状況となったこの部屋に、『それ』は踏み入った。
床上でひしゃげて打ち捨てられ、時折火花の散る扉の残骸の上に、『それ』が立っているのを、少年は見た。
思考試行錯誤中
・①
http://sioudx.diarynote.jp/201510200051575301/
・②
http://sioudx.diarynote.jp/201510292232162034/
・③
http://sioudx.diarynote.jp/201601200011517934/
マシンスイーパー(仮)④
少年は際限なく続く騒音の中、ガラクタの山々を避けつつ、駆け足で唯一の脱出口となる部屋のドアへと急いだ。
非常に有効な手段でマシンロイドを足止めした彼であったが、それが長続きするものではないということも知っていた。
いわば今は「わっ!」と驚かされた人工知能が、なぜ何に驚かされたのか逐一検証している最中であり、もう間もなく再起動するはずなのである。
そしてこの手は、二度と使えなくなる。
一度学習したマシンロイドは、人間と違ってもう間違いを犯さない。
それを少年は理解していた。
次からは騒音の満ちる空間においても、迷わず彼を標的に狙ってくるのである。
愛用している自分の『武器』が通じず破壊され、彼は自分に打つ手はないとはっきり感じていた。
今は、距離をとるしかないのだ。
少年は室内でも特に肥大化して天井すれすれまで積もっているゴミ山を回り込み、その裏にある扉の前までようやく辿り着いた。
それなりに広い室内ではあるのだが、あちこちのガラクタのせいで余計に時間が掛かってしまった。
――やっぱり掃除するべきだったかなぁ、生き残ったらしよっか。
少年はぼんやりとそんなことを思いついていた。
彼はちらりと後ろを見やる。
だが、視界には積もる機械類ばかりで、部屋の奥側において待機状態であろうマシンロイドを窺うことはできなかった。
気にしてもしようがないと、少年は正面へ向き直った。
この部屋と、住宅内の他室とを繋ぐ廊下の出入り口となるのは、彼の目の前の扉一つであった。
彼は個人的に不便ではないかと思っていた。
だが自分が、実はこの部屋がそもそもリビングルームか何かなのか、それさえ分かっていなかったので、もしかしたら意味があるのかもしれないと、設計を責めるつもりもなかった。
とにかく、部屋から出ることができるのはその一か所のみである。
扉は合成プラスチック製の横方向へスライドする電可動式自動ドアであり、扉の中央についたディスプレイを通して人物認証を行い、セキュリティロックが掛かる一般的なありふれたものであった。
そのため、少年も慣れきった動作でディスプレイをタッチ操作し、そのカメラへと自分の顔を向けてロックを解除しようとした。
その時ふと、彼の脳裏に新たな疑問が沸き起こった。
いくつか疑問の連続を経験していたが、今度はマシンロイドに関することではなかった。
状況に似合わず非常に日常的なことであったため、拍子抜けというか、あまりのずれに違和感を覚えるほどだった。
本当に一般的で、多くの人間が抱いたことのある疑問だったのだ。
「……ロック……」
――鍵、掛けていなかったっけ。
少年は自分の今日の行動に関する記憶をさらってみた。
自宅を出る。
遊べそうなモニターを見つけて喜んだ。
恥ずかしながら、これから始める遊戯を思うと気分が高揚して鼻歌でもかけたかもしれない。
自宅へと戻った。
遊び――作業場にしている自室へ戻る。
手癖になっている、セキュリティロックを設定したはずだった。
そもそも少し遡り、自宅のエントランスでも、自分が帰宅した時点で自動ロックが掛かるはずである。
――そうすると――
辿っていくことで着いた答えだったが、やはり最初から、マシンロイドに関する疑問であったのかもしれない。
――『奴』は、招いてもいないのに静かに入ってきたわけだ。
襲われる直前まで気付かなかったマシンロイドの侵入、鍵の掛かった扉から入ってきたのだということが分かり当然、次に少年が抱く疑問は決まっていた。
――どうやって……見たところ壊された形跡もない。それじゃあ…………
ドアのディスプレイの前で、少年はぴたりと動きを止めた。
完全に、停止してしまっていた。
まるで、目の前の閃光弾に目がくらんだように。
恐ろしいことに、気付いてしまったのだ。
しかもそれは、一つではない。
……いや、それらは、一本の線で結ばれ、確かに一つの答えを導き出していた。
まず眼前のディスプレイの、人物認証がいつまでも終わらなかった。
ロックが解除されないのだ。
非常用に取り付けられている取っ手をとりあえず、闇雲にただ握り力を込めても意味はなかった。
正直なところ、少年には無意味だと察しがついていた。
すーっと、少年はか細く長い息を吐いた。
その音はとても小さかったが、室内に他に響く音はなく、よく聞こえた。
そう、いつからか部屋中全方向から鳴り響いてくるヴィジョンモニターから発せられる様々な音が、いっさい無くなっていたのだ。
自分の耳が、大音響によっておかしくなってしまったならその方がいいかと、少年は思った。
だが実際に目に見える変化で、先程までは多数のモニターが光源となって好き勝手に輝いていたため、イルミネーションとはいかずとも室内をいくらか普段より明るくしていたのだが、今は平時に戻っている。
ヴィジョンモニター全ての電源が、落ちているのだ。
そして、セキュリティロックの掛かった住宅内への侵入――少年にとって、その恐ろしい答えは明らかであった。
「クラッキング機能……」
彼の口から思わず呟きが漏れた。
いくつかの事象から導き出された解答が、彼をぞっとさせる。
――ネットワークシステムに侵入、改竄する能力を有している、だとしたら――
少年は、もはや脱出経路でも何でもない、ただの壁と化しているドアへの操作をやめて、さっと振り向いた。
扉を背に、広い室内を見渡そうとしても、その位置からは正面に高く積もるガラクタとなった機械製品の山しか見えない、はずであった。
だが、少年の瞳は、今確かに存在する、ガラクタ以外の『モノ』を映し出してしまった。
ガラクタの山――機械の重なり合い積もったその不安定な場所に脚を広げ、鈍い銀色の金属光沢のある巨体を支えて、少年をじっくりと見据えるマシンロイドの姿が、そこにはあった。
目の前に再び現れた巨大な殺人機に、少年は絶句する。
マシンロイドは、左側の脚部で積もった機械類を踏みつけ、右の二脚を床に接地させていたため、その機体全体が斜めになっていた。
それがまるで首をかしげ、追いつめた獲物を眺めているようにも見えた。
少年は、最初に不意討ちを受けた際とは異なり、忍び寄るマシンロイドに気付いていなかった。
少々の慢心と、考え事の重なった結果である。
だから考えが実を結び、危険を感じて後ろを振り返ったことは、彼にとって非常に幸運なことだった。
マシンロイドは、彼が向き直った次の瞬間には、構えた右腕の注射針を撃ち込んできていたのだ。
振り返らなければ、そのまま串刺しであった。
少年は自分目がけて放たれる一撃を眼前に捉え、それよりも一瞬早く前方へと踏み出した。
今度は、反撃の一手ではない。
背後は閉めきられた扉、左右に逃げても退路がないことは変わらない。
ここに、逃げ場はない。
マシンロイドを振りきってその向こう側へ逃げる――
それ以外に、他に選択肢がなかったのだ。
彼は、まさしく剣針での一撃と見紛うほどの鋭く撃ち込まれる注射針の軌跡を見切り、それよりも内側に身体を反らした。
三度、少年はマシンロイドの一撃をぎりぎりのところでかわしたのだ。
彼の軽い身のこなしは、まだマシンロイドに捉えられていなかった。
それを学習されるまでは、彼にはまだ逃げる機会があるかに思われる。
マシンロイドの右腕からの鋭い突きを避けた少年にとって、そのまま距離をとって逃げるためのルートは、機械の巨体の左横を潜り抜けて、正面の邪魔なガラクタの山を回り込む、そして部屋の中央へと走りぬける、それしかなかった。
結局のところ、元々いた場所へと戻るだけになってしまったのだ。
実際に、少年は一撃を避けるとすぐさまに力強く左足から機械の山肌へと踏み入り、そのまま踏み抜いて一気にジャンプするようにマシンロイドの傍から抜け出ようとした。
だがそれは、叶わなかった。
マシンロイドの攻撃は、これで終わりではなかったのだ。
「っあ……」
機械の部品同士が絡み合ってできた山の表面を蹴り、その場から大きく飛び退こうとした少年から、思わず声が出た。
彼の足に、何かが引っ掛かった――勢いをつけようとしたのも叶わず、失速する。
そしてそのまま、少年の身体はバランスを崩し、彼はその場で為すすべなく転倒した。
一回転――失敗した前転のようにひっくり返り、機械の山に身体を打ち付けられながら彼は見た。
山の陰から、放置されているガラクタ群とは違う銀色に磨かれた金属光沢を放つ、『一本の太く長い棒状のなにか』が伸びていたのだ。
――脚。
それは確かにマシンロイドの、特徴的な脚部であった。
マシンロイドは自身の攻撃がかわされた際に少年の、逃げるルートを想定して新たな攻撃を仕掛けていたのだ。
飛び込んでくる地点に障害物を設置する――あまりに簡単な『足止め』――極めて単純な方法だったが、ゆえに効果的であった。
少年は実際に追いつめられており、他に逃走する手段がなかったのだから。
また、かなり知性的な作戦だったとも言える。
マシンロイドが差し出したのは、左後方脚部だった。
右の二脚は床に、左脚部をガラクタの山に接地していることは少年からも確認できていた。
だが、マシンロイドはちょうど少年の視界を遮る、積まれたガラクタの前後を跨ぐかたちで彼の前に現れたため、左後方脚部を直接視認することが彼にはできないでいた。
そして、少年がその身軽さをもって抜け出ようとしてくる空間に踏み入る――その瞬間に山の向こうに隠れていた脚を使って、少年の足をまさしく、罠に引っ掛けたのだ。
タイミングは完璧であった。
空中へ駆け出すように飛び出したはずの少年はガラクタの上に投げ出され、今や激しい音を立てながらがらがらと崩れるそれらとともに小さな身体が滑り落ちていく。
山全体が雪崩て少年の身体を押し出し、ついには床上へと機械類を大量に下敷きにしながら転がった。
少年の身体は仰向けに力なく放置されたように、大の字になっていた。
少年が、気を失ったりしたわけではない。
ただ彼はぼうっと天井を見つめていた。
――どうにもならないなぁ。
ほうっと、少年は息を吐く。
もはやマシンロイドに太刀打ちする術も、逃れる術も思いつかなかった。
『遊び』の最中、突然にマシンロイドの襲撃を受け、思えば唐突な最後だと、彼は思った。
いったいどのような指令を受けて動いているのか、結局のところ皆目見当がつかないことが、彼には非常に残念だった。
――電磁フィールドによる防御機構、鍵(ロック)を解錠、電子機器を一斉に制御してしまうクラッキング機能が、最新鋭の医療用機体に乗っかっている、豪奢が過ぎる設計……それに――
少年は、左腕を軽く上げ、寝そべる自分の眼前まで持ってくる。
耳元で、からからとわずかに音が鳴る。
下敷きにしているプラスチック製の部品がいくつか衣服の動きに巻き込まれて動く音だった。
彼が目の前にかざした自身の手は、少し色素の薄い肌の色であったが、それは普段通りである。
彼は健康そのものであった。
そう、生きているのだ。
それが彼にとって疑問であった。
――AIの思考レベルが最初は低かった、何もかもちぐはぐだ。
少年はマシンロイドの攻撃をこれまでほとんど逃れてきた。
それは彼自身の知識と運動能力によって為したことであるが、ではマシンロイドは、どれも子供一人捕まえることにも手こずってしまう程度の存在であるかと言えば、それは間違いである。
少年を突如として襲ったこのマシンロイドの人工知能が、あまりにも人間の動きや、周囲の状況に対して、お粗末であったのだ。
ちょうど、人間の赤子が家の飼い猫にじゃれつこうと、本能で追いかけ回している程度の知性だった。
日常的に彩葉市で運用されているマシンロイドの、学習を行ったAIが、人間並みの滑らかな動きをするこの最新鋭機に搭載されているならば、恐らくはもっと早い段階から追い詰められていただろうと、少年は思った。
もうとっくに、白っぽい柔な肌に、鋭利に光る注射針が突き立てられているはずである。
ただ、最初は空っぽと言えたAIの知能も、標的を追う中でその行動・状況を理解し、ついに罠に掛けるという絡めの一手を使うまでに学習成長を果たしたようだった。
――なんだ、まるで――
実験じゃないか。
少年は思った。
新しく開発された機体に、新しく開発された人工知能(AI)を搭載しての学習実験――そう考えればあながち、研究施設でしか見ないようなマシンロイドの登場も、おかしくはなかった。
一つの疑問が解決したように思えたが、あくまで一つだけ、であった。
誰が送り込んだのか。
なぜ、実験場がここで、自分が標的として扱われているのか、少年に分かりはしなかった。
それに――そもそも『量回線(ハカリネットワーク)』に登録(エントリー)されている電子機器に対して、クラッキングを掛ける性能を持ったマシンロイドという存在そのものに、彼は驚き、疑問を抱いていた。
彩葉市内のあらゆる機器の制御装置(OS)は、市を統括するスーパーコンピュータ『量』に紐付け、管理・監視されている。
この街のコンピュータへと横合いからアクセスするというのは、敵地の中央に独り踊り出て戦い始めるようなものであり、あまつさえ勝手に操作するともなれば、それはさながら一騎当千――現実的に考えれば土台無理な話である。
だが実際にマシンロイドは鍵(ロック)の掛かった住宅内へと侵入し、少年を閉じ込め、モニターの電源を一斉に落としてもいる。
――スーパーコンピュータが管理する巨大なネットワーク上で電子機器の操作を行える存在――
「……あっ」
天井へと向けて、少年は間の抜けた声を上げた。
――簡単なこと、あるじゃないか、『スーパーコンピュータが管理する巨大なネットワーク上で電子機器の操作を行える存在』が、一つだけ――
天井を見つめたままの少年の上にふと、大きな影が掛かった。
マシンロイドである。
ばらばらに崩れてなだらかな高原のようになったガラクタの山を踏みしだき、マシンロイドは倒れる少年を改めて正面に捉えるよう移動してきたのだ。
覆いかぶさるかたちとなり、彼を下にしてセンサーディスプレイが覗き込む。
いつの間にか黒の球体カメラに一本――横線のレッドラインが常に入るようになっており、凛々しい狩人を思わせる表情を少年に空目させた。
AIがここまでの経験則から、対象を追う際に目標との距離を把握するための基準線として設定したのだろうと、彼は考えた。
マシンロイドは少年を見据えながら、再び右腕の大型注射針を構えた。
そしてそれを微動作させ、彼の胸部正面に狙いを定める。
――注射針で胸を狙うことに、こだわるなぁ。
これを少年は、かなり早い段階から感じていた。
どの状況でも、マシンロイドが直接の攻撃を仕掛けてくるのは、胸部または背部の、身体の中心へ向けての注射針の突きのみであった。
狙われるいわれは思い当たらなかったが、自分を標的とするマシンロイドを送り込んでくるのなら、他にやりようがあるはずだと少年は思っていた。
――学習前のAIが使われているのは実験だとしても、攻撃方法まで指定されているのには何か意味があるのかな。
マシンロイドに、他に攻撃の選択肢があったならば、もう少し早くにやられているだろうと、少年は自信を持って言える。
逆に言えば、攻撃がそれしかないと判断したからこそ、ここまで行動してきたのではあるが。
――注射器を刺すこと、それ自体に意味があるのかな、何かの注入、それとも――
「血を抜く」
思わず漏れた言葉、それに少年はどこか引っ掛かる。
――あれ、何だろう……何だか繋がる気がしてきたんだけれど、何だったかな……聞いたこと、何か聞き流していたことが、あったのかな――
自分が気付いたことと忘れていること――それらを繋ぎ合わせることができれば、これまでの疑問や違和感に答えが出るような気がした少年だったが、時間の猶予が残されていないことを、マシンロイドがその行動をもって告げていた。
彼を正面に捉える注射針を接続する右腕が、ぴたりと動きを止める。
まさしく狙い、澄ましていた。
少年を跨いでいる四脚がまるで檻のように彼を囲っている。
逃げることはもはや叶わない。
少年はゆっくりと息を吐き、そして目を閉じた。
室内は無音、動きのない状態のマシンロイドの稼働音はないも同然で、静かなものだった。
そして、少年が幾度か息をした、その時だった。
マシンロイドの関節部が稼働を開始するわずかな音――それが彼の耳に微かに聞こえた瞬間に、突如として凄まじい爆発音が、それを一気にかき消した。
少年は思わず反射的にびくりとし、マシンロイドも動きを再び止めた。
少年を見下ろすよう前傾していたマシンロイドの姿勢は元に戻り、部屋の出口――扉の方を確認するようじっと見据えた。
そう、爆発音は確かにその方向――少年の後ろから炸裂していた。
少年は、わずかに身体を起こし、首を動かして目をそちらにやった。
おそらくは玄関からだと、少年は当たりをつけた。
地響きが聞こえる。
建物の一部が崩れ落ちて、地面へと打ち付けられる、断続的な崩落音であった。
続いてその音に紛れるかたちで、また別の音の連続が、少年の耳に届いた。
それは、急に発生し始めた暴力的な音の連鎖の中では一際小さなもので、彼にとっては辛うじてかすかに聞こえるのみであった。
だが、確かに聞こえたその音は、少年に音の発生源――その『主』の存在を如実に伝えた。
『何モノ』かが――走る音なのだ。
たったったった――
軽い音――二本足だな、と少年は見当をつけた。
だがそれが何かは、正体は分からない。
この期に及んでまた新たな疑問、だった。
少年にとってただ一つ、分かっていることは、それがここに向かってきているということだけだった。
足音が、継いで、継いで、継続的に、部屋の出入り口へと近づいてくる。
そして、それが部屋を閉めきっている扉の付近にまで来た時だった。
軽い音の連続だったそれは、途端に一歩の、力強い音に変わった。
走る勢いのままに、踏み込んだ音だ。
たったったった――だっ!
その音が、扉越しに少年へと届いた直後である。
固く閉ざされていた扉の中心から縦に、すっと光が走るのを彼は見た。
そして、次の瞬間――まさしく刹那の間に、光の軌跡から、まるで枝葉が伸びるかのように光が漏れ出した。
稲妻が、迸ったのだ。
扉はその光の一閃によって、真っ二つに両断されたのだった。
光が薄まっていき、扉からはその痕が見てとれるようになる。
綺麗な一線をもって二つに分かたれた扉の断面からは、その構造を成す機械類が覗く。
次いで、扉からは新たな稲妻が巻き起こった。
外装から内部に至るまで破壊を受けたことによって電子部品がショートし発生した、スパークであった。
それが荒れ狂い、操作パネルに火花が散った後に弾け飛んだ。
激しい破壊音――上がる煙――最後に扉はめきめきと音を立てながら、分かれたそれぞれに部屋の内側へと倒れ込んできた。
舞い散る火花。
巻き上がる部品の欠片たちは扉の物か、それが叩きつけられた床に散らばっていたガラクタの部品かも分からないが、おそらく両者の混在であろう。
視界が悪く、けたたましい音が反響する、混沌とした状況となったこの部屋に、『それ』は踏み入った。
床上でひしゃげて打ち捨てられ、時折火花の散る扉の残骸の上に、『それ』が立っているのを、少年は見た。
主に友人知人向けの妄想垂れ流し
文章をましにしていきたい
※ワードから一区切りつくとこまでそのままコピペしたので長いです
・①
http://sioudx.diarynote.jp/201510200051575301/
・②
http://sioudx.diarynote.jp/201510292232162034/
マシンスイーパー(仮)③
自分の右肩のすぐ傍――つい先程まで彼の身体があった空間へめがけて、非常に細長く、きらりと金属光沢のある何かが、勢いをもって差し込まれるのを少年は見た。
フェンシングフルーレ――彼は一瞬それを想起した。
だが、自分を貫かんとした剣針を先端から眼で追い、ゆっくりと侵入者本体の姿を見定めた事で、彼はその認識をすぐさま改めた。
あまりにも細く、一本のぴんと張られた糸であるかのようにさえ見える剣針のその根元は、土木作業車を思わせる無骨なアームマニピュレーターと一体化している。
人間の腕で例えればちょうど、手の部分がそのまま剣針になっている形だった。
そしてそのアームは、それと同じく鈍い銀色に光る人型の金属製ボディに接続されていた。
少年にとってその正体は、大方の見当がついていたため、驚くものでもなかった。
侵入者はこの――いわゆる『ロボット』であったのだ。
頭部は全面が黒く丸い。
全天球センサーディスプレイ式カメラになっており、上下左右全方位に死角のない視野を確保している。
メインボディは一般的な成人した人間より一回り大きく、胸部から胴体にかけてドレスやスカートを思わせる広がりを見せる。
腕部が二本、両肩からそれぞれ生えている。
左腕が人間的な手を模したマニピュレーターとなっているのに対して、右手の部分が剣針で構成されているという以外は、ほぼ完全な人型ロボットであった。
ただし、あくまでここまでは――上半身までは、という話であったが。
ロボットの全高は2mほどであるが、その上半分である人間型のボディを、大きく広がるスカート部分からアームマニピュレーターよりも太く長い四脚が伸びて支えているのだ。
四脚は、ガラクタがそこかしこに積み重なっている床のそれぞれ四方にその接地部を下ろし、しっかりと機体を安定させていた。
人型の上半身に四本脚――それだけならばケンタウロスをイメージするが、四脚を広げる姿を見れば、アラクネの方が例えとしては適正か。
人間の半身に蜘蛛の脚を持つ怪物。
少年は、このロボットを知っていた。
『遊び』の道具を探していた時だ。
ネットワークウェブを用いてヴィジョンモニターの設計データを収集していた際に偶然拾ったデータを目にしただけであったが、間違いなく。
奇異に映る四脚は、合理的な走破性の重視。
でっぷりと豊満に広がる胴体部分には、あらゆる治療器具が内蔵される。
そして、右アームのマニピュレーター代わりに接続されている、少年がフェンシングフルーレを想起した細長い剣針は、最新式のマイクロ無痛注射装置。
このロボットは――緊急医療マシンロイドなのだ。
マシンロイドは、人間の生活環境で自律機動する、人間と同程度のボディサイズを持つロボットをカテゴライズする総称である。
要するに、人間社会に適応する大きさを持って、自身が持つ人工知能(AI)で考えて行動するロボットは全てマシンロイドであり、彩葉市においてはとてもありふれた存在となっている。
街中は警備ロイドが歩き回り、施設の整備点検や清掃もマシンロイドが行う。
パークエリアやスポーツグラウンドには、飲料類を販売するマシンロイドが、人々の状態をスキャニングする機能をもって、ベストタイミングで電子音声による営業をかける光景が日常的に見られる。
そしてこの少年の眼前にあるマシンロイドは、独立して移動する病院とでも言うべき機能を搭載した、最新鋭機であった。
緊急医療が必要な災害現場へと、いかなる場所であっても瓦礫などに阻まれずに歩行し、マシンロイド自身の判断で治療措置や安全地帯への負傷者の救助を行うべく、最新技術によってつい最近に開発されたモデルであると、少年は記憶している。
――試験段階のはずだが、なぜここに。
鈍い銀色で、威圧感がある無骨で蜘蛛型というそのボディは、洗練されているとは言い難かった。
用途を踏まえると四脚型マシンロイドである点は変更されないが、試作機の性能評価がなされたら、実際に運用される正式機は怪我人を安心させる事ができるデザインへと外装が変更されるだろう事は想像に難くない。
そんな、企業の研究施設でしかお目にかかれないような新型試作機がここ――自身の室内に侵入し、あまつさえ自分に危害を加えようとした事に少年は疑問を抱いた。
いくつかの理由、可能性を考えたが、確かな事が一つだけ分かっていた。
――どうやら、仕留めるまで止まる気はないらしい。
マシンロイドは射し込んだ右腕の針が空を切った事を疑問にも思わない様子で、まさしく機械的に、再び少年に注射針(ちゅうしゃしん)を向け直した。
頭部のセンサーディスプレイは、時折自ら赤い光のラインを点滅させ、人間的に例えると、それを基準に焦点を調節する。
少年に向けて一瞬そのレッドラインが十字に明滅し、無機質なマシンロイドに表情を作った。
するとそれは四足を微妙に動かし、モーターの駆動によって腕の角度も調整、彼を正面へと捉えるのだ。
その腕の細長い注射針を彼に突き立てる事を主目的にしているのは明らかであった。
少年は静かに息を吐き、目の前の剣針を見つめた。
それは改めて見ると、彼が思う一般的な注射針よりも長く、三倍ほどの違いがあるようだった。
一本の糸のように細く長い針であっても、最新式のカーボンワイヤー製ならば高い強度を持つため、少年が勘違いしたフェンシングフルーレのような剣針大の注射針を作る事は可能である。
だが普通はそのようなサイズのものを作っても、特に緊急医療の場では邪魔になる事が容易に想定されるため、今ここにあるその針は、危害を加えやすいように専用の設計が為されたものという事になる。
――誰が何を目的に。
少年の疑問がまた一つ増えてしまったが、それについて考え始める事はできなかった。
――マシンロイドがもう一度、注射装置の剣針による突きを繰り出してくる。
それを彼はあらかじめ察知した。
背後に立たれた時は気付けなかったほどに駆動音の静かな最新機であるが、こうして相対した事によって、少年はそのわずかな音に加えて実際に見る事で関節部の動きを把握し、その挙動をつかむ事ができた。
そして、マシンロイドの次の行動を把握した少年は、ただ回避するという選択を繰り返そうとは考えなかった。
次の瞬間、実際に正確無比な突きの一閃が放たれた。
マシンロイドのセンサーディスプレイが、少年を睨みつけるようにレッドラインを光らせる。
剣針は彼の胸元へ目がけ、その身体を貫かんとした。
何倍もある体躯、質量の差は想像つかないほどの物体による一撃――その行動を読みきり、現実にも今まさにその光景を瞳に写した少年が、動いた。
マシンロイドが右腕を突き出す動きは、とても人間的に見えて円滑なものであり、それでいて機械ゆえに可能な速度と正確さを有していた。
――最新の機体だけの事はある。
自分の身体へと目がけて巨大な注射針が迫ってくる。
少年は事前に把握し、そして実際に起こったその動きの全てを見ていた。
それを見たうえで、少年は一歩前へ出た。
彼とマシンロイドの間には、先程乗り越えた、彼が作業台に使っていたテーブルが置いてある。
その上に彼は左手をつき、それを支えに体勢を低くし、躊躇なく、思い切り、左足で床を蹴った。
彼の身体が撃ち出され、ちょうどマシンロイドの剣針による攻撃と激突するような形となる。
しかし彼がそのまま串刺しになるつもりは、毛頭ない。
少年は左腕と、テーブルの端に掛けた右足を使って、無理矢理に身体を反らした。
胸元を狙い澄ましていた剣針は、彼が体勢を変えて突っ込んできた事で、彼の右目を貫かんとしていたが、少年の素早い身のこなしによって、結局は彼の右側頭部をぎりぎり掠める事となった。
剣針が間を通り抜け、長い黒髪がわずかにかき上げられる。
的確に、機械的に行われたはずだった一撃は、彼の表皮――薄皮一枚を持っていったかどうかである。
対して少年の行動は、まだ終わってはいなかった。
合成プラスチック繊維で編み込まれた白の服に包まれた少年の小さな身体は、同様の素材で作られているテーブルの表面上を少ない抵抗で滑る。
彼のゆったりした着こなしで、余った袖や裾がはためく。
そのうちの、一方の袖の中――彼の右腕から、まるで生えてくるように素早く、一本のドライバーが取り出された。
テーブル上を滑った身体は、マシンロイドの右腕の下へと潜り込み、その胴体を正面に捉え、彼の手が届く範囲にまで接近した。
少年は見事に、自分より遥かに強大なマシンロイドの懐に入ったのだった。
――腹部正面・第一メンテナンスハッチ、七番ボルトから――
少年の瞳が、妖しく光った。
彼の右腕が、マシンロイドの胴体にあるメンテナンスハッチへと伸びる――
「……ッ!」
次の瞬間、少年は思わず右手に握っていたドライバーを手放した。
それなりの重さがあるドライバーは、鈍い音を立ててテーブルの上に落ちる。
円筒形状をしているために少しばかり転がり、先程に解体されていたモニターと、散乱するその部品の中で止まった。
「本日午後からの天気の予定はこのようになっていまーす」
状況に似つかわしくない声が部屋に響く。
テーブルの上に半壊のまま放置されたモニターからであった。
いつからというなら最初からずっとであり、テーブル上を少年が行き来したものの、モニターには全く当っていなかったために、ただただ放送を受信し続けているのだ。
「……? ……ん」
それを気にする事もなく少年は数回、右手のひらをゆっくり開いては閉じた。
全体的に色の薄い彼の肌で、そこだけがほんのり赤みを帯びていた。
非常に軽度だが、火傷を思わせる状態である。
急に右手へと衝撃が走り、ドライバーを持っていられなかった。
ちょうど、強い静電気に当てられたようであった。
「……電磁フィールド、かな……」
少なからず驚きを抱いた少年の口から、小さく独り言が漏れた。
高性能な警備用マシンロイドなどには、機体の防御と敵対者の制圧を行う機能を持つ、電磁力場発生装置を備えるものがある。
それを少年は知っていた。
だがその装置は大型であるうえに必要エネルギー量がまさしく桁違いに上昇するため、あくまでごく限られた機体にのみ搭載されるはずである。
大企業の最新科学研究所内を巡回する警備ロイドを、少年は想像した。
まかり間違っても、医療用マシンロイドに標準装備される機能ではないのだ。
――滅茶苦茶な改造が施されている。
恐らくは通常の場合、医療機器コンテナとなっている膨らんだ胴体部位に、フィールド発生ジェネレーターが内包されているのだろうと、少年は推察した。
殺傷能力の高い長注射針といい、外見上は医療用であることにこだわりながら、その内実は彩葉市内でもトップクラス――つまりは世界有数の、対人戦闘用マシンロイドとして作り変えられているのだ。
あまりにも滅茶苦茶が過ぎ、荒唐無稽な話に思えたので、少年は一瞬間が経ってからも、驚きを抑えられないでいた。
ロボットというカテゴリーの中に、マシンロイドというジャンルがある。
そしてマシンロイドとひとくくりに言っても、当たり前の事ではあるが、医療用と戦闘用ではまるで種類が違うのだ。
種類が違うという事は求められるものが全く異なるわけで、内部フレームの構造から使用される接続ボルトの型式まで、それらは基礎設計の段階から完全に別物なのである。
そんな二種類を一方から、もう一方へと改造・改装するなど、非常に非効率極まりない話であり、それぞれの用途に特化した精密機械そのものであるマシンロイドにとって、それは間違いなくありえない――行われない事なのだ。
なぜここに、誰が何を目的に――そして、どうしてそのような仕様で運用されているのか。
ただただ増え続ける疑問の全てが、少年には何一つとして分からないままだった。
結局、彼にとってただ一つの確かな事は、この謎の殺人機が、自分を狙い続けているという事だけだった。
一瞬――少年が反撃に差し込もうとしたドライバーを弾かれてからの一瞬――自らの懐に飛び込んできた少年の小さな身体を、他の部位の身動ぎ一つ見せずに、頭部ユニットのみをわずかに前方へと稼働させてマシンロイドが覗きこんだ。
暗い、黒い球体が、傷一つ無いその表面に少年を写す。
そこに当然、表情は無かったが、照準合わせのレッドラインが走ると、獲物を見下ろし品定めしているようであった。
横たわったままである少年は、体勢を起こそうとはせずそのままの状態で、足と左手に身体全体も使って無理矢理に転がり、先程に乗り上げたテーブルの端から今度は逆に、その下の床へと落下した。
不格好で、数十センチの高低差とはいえ身体を打ち付けて、それなりの衝撃に痛みも走ったが仕方なかった。
右腕全体にまだ痺れが残っているため、腹ばいの状態から立ち上がるのに、片手ではわずかに時間が掛かってしまう。
その、逃げるまでのほんの少しの差が、まさしく命取りとなるかもしれない事を、少年は予期していた。
実際、マシンロイドの駆動音などを聞き分けずとも、追撃が来るだろう事は火を見るよりも明らかだった。
少年を見据えたマシンロイドは、標的の確認は再度終えたというように、突き出していた右アームを戻しながら、機体の姿勢を微妙に制御して、倒れている彼を中心へと捉え直そうとした。
だが、少年が無理をしてでも素早くテーブル上から退避したため、それを捉えきる事ができなかった。
マシンロイドは、それを悔しがるでもなく、ただ機械的に、テーブルの向こう側へと消えた少年を追いかけようとした。
四本の蜘蛛脚が稼働し、まずはそのうちの一本――左前脚の底部がテーブル上を踏みつける。
分解されたまま放置されていた様々な機器の部品が下敷きにされ、鈍く痛々しい悲鳴を上げた。
それと同時に、テーブル全体が軋みを上げ、わずかに唸る。
続いてマシンロイドは、右前脚部を出してテーブルを越えようとする素振りを見せた。
ここまでは非常にスムーズな動きであり、AIの思考完成度は高いといえる。
脚部の下にちょうど、先程に少年が取り落とした電動ドライバーと、分解されたヴィジョンモニターが放置されているものの、問題なく安定した脚部接地が行えると判断しているのだろうと考えられる。
マシンロイドは機体の両前脚で、テーブル上へと踏み込んだ。
「――はーい、今週はここまででーす! また来週も、皆さんに情報をお伝えします! それでは、さよーならー……――――――ッヅ……ッ! ヴウゥゥ……ウゥゥン……」
状況に関わらず女性アナウンサーの快活な声を受信し届け続けていたモニターが、形容しがたい音を発したのを最後に静かになった。
少年も、当然マシンロイドも考えていたわけではないが、モニターはその役割を一区切りつける事ができた段階で最期を迎えた。
放送される一番組がちょうど終了した瞬間に、モニターは踏みしだかれ、音を立てて砕けてしまったのだ。
それと同時に、少年の手を離れてしまったドライバーも脚底部の下敷きとなり、微かな壊れる音だけを残して、ほとんど抵抗なく押し潰されていく。
モニターとドライバーがマシンロイドとテーブルの間に挟まれ、ばらばらに破砕されると当然、間髪いれずにテーブル本体の板上に、無骨な右前脚部が降りる。
両前脚部がテーブルへと完全に接地し、乗り越えようとマシンロイドが脚部を稼働させ、その重心が前方に移動した、まさに時だった。
先程までは小さなうめきであったテーブルからの声が、突如として一気に炸裂し、悲痛な叫びに変わった。
それとともにテーブルの表面全体へと瞬時に亀裂が走る。
ついに限界を迎えたテーブルは、マシンロイドが前脚部を下ろした地点を中心としてばらばらに、無残に裂けていった。
運用目的、そして機種にもよるが、一般的にマシンロイドの金属パーツには、軽量で剛性・柔軟性に優れるサイカライトと呼ばれる合金が使用されているため、見た目に反してそれらの重量は軽い。
だがそれでも、子供用の合成プラスチック製テーブルではその重量を全て支えきることができなかったのだ。
少年の作業台が粉々に砕けたことで、マシンロイドの脚部はそのまま、つんのめるように床の上へと勢いよく接地した。
しかし四本の蜘蛛脚が巧みに姿勢制御を行い、機体の上半身は何もなかったかのように、まるで身動ぎしなかった。
想定よりも着地点の強度が低かった、移動に支障はなく、再び標的の確認に向かう――マシンロイドにとってはその程度のことだ。
そこに表情はないが、AIの思考はそんなところだろうと、テーブルの残骸の傍で転がっている少年は当たりをつけた。
粉砕されたプラスチック片が部屋中に舞い上がり、身体にはらはらと降りかかってくるので、彼は思わず咳き込んだ。
煙幕(スモーク)になるほどでもないので、位置がばれるなど気にすることもない。
――死期が数秒くらいは早まるかもしれないか。
少年はちらりと考えた。
そんな彼の気を察するわけもないが、他に音を発するものが無くなった部屋に、咳き込む音が響いたのと同時に、マシンロイドは床に横たわっている彼を確認したようであった。
再びそれは少年を見据えて、移動を開始した。
少年が解体したモニターの部品やテーブルの残骸、元々床に転がっていたパーツ類などがその脚の下敷きにされ、それぞれに音を立て、ばらばらに壊れていく。
少年の行った分解とはまた違う、単純な破壊であった。
確実に近づいてきているマシンロイドに対して、右肩を下にして横になっていた少年は、まるで構わないかのように少しの身動ぎをして仰向けになった。
無理に逃げようとは考えていなかった。
ここまではなんとか掻いくぐってきたが、マシンロイドの正確な攻撃を生身でかわし続けるのは、いずれ不可能になるということを少年は分かっていたのだ。
ロボット――機械であるマシンロイドは疲れを知らず、いくらバッテリー容量という活動の制限が存在するとしても、それは人間の連続行動できる時間を優に超えているのである。
少年には、最低十時間ほどはこの相手から逃げおおせる、という自信はまるで無かった。
――逃げる自信はないけれど、このままやられるつもりもない。
やがて移動を終えたマシンロイドは少年の上にまたがるような位置で停止し、正面から彼を見下ろした。
表情はない、油断も隙も当然見えない。
それを見る、少年の瞳が妖しく光る。
少年は今、見つけた『機械(AI)相手にこそ通じる方法』を、自分の正面から来る相手に対して、あらゆる方向からぶつけるつもりであった。
だからこそ彼は、その場から逃げようとしなかったのだ。
威圧感だけを与えてくる、自身の上に覆いかぶさる巨大な影を妖しげな瞳で睨みつけ、少年は密かに手元に持っていた一つのスイッチを押した。
「今日は、ハーバーエリアに来ております! こちらに先日新しいレストランが――」
「マシンロイドの運用保険各種は、安心のGG社をお選びください」
「本日、午後からは雨の予定となっております。お気をつけて」
「――対YGラビッツ、三回戦の模様をお送りいたします」
「そう……犯人はあなたですね?」
突如として少年の室内から、多種多様であまりにも雑多な言葉の渦が巻き起こった。
それは一か所ではなく、部屋中の至るところから響き渡り、騒音を超えて、ちょっとした爆発のようであった。
それこそが、少年の狙いだった。
彼は酷い喧騒の中、無理をせずゆっくりと身体を起こし、右腕を軽く振るった。
――だいぶましにはなっているかな。
そんな、言ってしまえばのんきが過ぎる少年に対して、マシンロイドは何ら行動を見せなかった。
ただ見せないのではなく行動、できないでいたのだ。
少年は完全に静止しているマシンロイドを尻目にその傍を通って軽く駆けだした。
あちこちにガラクタの山が天井近くまで積もっているので通りにくいが、広い部屋の向こう側には唯一の出入り口である自動開閉ドアがある。
そこへ向かおうとする途中で彼は、あんまり大きな音の反響の連続をうざったく感じていった。
少年はいったん立ち止まり、左手に握ったままの先程押したスイッチをぽいとその辺りへ投げ捨てた。
そして空いた両手のひらでそれぞれ耳を押さえた。
手の先の、余っている袖がふりふりと細長いウサギの耳のように揺れる。
手のひらと服での防音効果はそれなりにあったようで、彼は満足げにまた走り出した。
ガラクタの仲間入りをし、山の麓の一部となったスイッチが、周りにかき消されてしまうほんの少しの音を寂しげに立て、わずかにずり落ちて、止まった。
直方形のプラスチックケースの一面に様々なボタンや小さなディスプレイがついたリモートコントローラであった。
少年がマシンロイドの攻撃をかわしてテーブルから落ちた時、彼の傍に偶然転がっていたのだ。
普段から放置しており、彼自身もそれなりに時間を掛けて探さないと出てこないようなものであったが、その機能を知っていた彼がマシンロイドへの『攻撃策』として、素早く手元に引き寄せたのだった。
そのコントローラは『ハウスオーナー』と呼ばれる、一般の居住宅には必ず備品として存在する、一種の必需品であった。
ハウスオーナーは、それが用意された各居住空間内に存在するマイクロパルス送電システムへの登録が完了している、それぞれの電子機器をコントロールする機能を持ち合わせている。
つまりは、一度宅内でバッテリーを供給するコンセントスタンドに紐付けした機械製品ならば、スイッチ一つで全て自由に使えるようにする機器である。
どれだけ科学が進歩しても、人間は怠惰な生物であり、むしろ機械であらゆる作業・生活がこなせるようになると、膨大な数のそれぞれに特化された機器の機能設定が分からないという人間が増えていった。
これは少年にとっては理解しがたいことであったが、例えば室内灯をオンオフするという行為を、どういった理論で、どのようにするのか分からないという人間は、この科学都市彩葉市にも珍しくはないという。
ゆえにハウスオーナーは作られたのだった。
昔の話であり、少年も製作された経緯は知識として知っているのみであったが。
彼は普段から自宅内で機械製品を扱う際には、それぞれのコントロールパネルや備え付けの各種コントローラを用いていた。
便利かどうかよりは、ただ様々な機器に触るということに魅力を感じていたと言えるか。
そのためにハウスオーナーはどこにしまうでもなく完全に放置されていたのだが、それが結果的に起死回生の一手に繋がったということに、少年はただただ驚いていた。
――もう少し、丁重に扱ってあげても良かったかな?
少し後方を見やりつつ、少年は口元をわずかに緩めた。
少年が、ハウスオーナーを使って行った電子機器への指令は、非常に単純なものであった。
『電源を入れる』
ただそれだけである。
しかし、正確にはもう少し、付け足されていたコマンドがあった。
それは『この区画内――室内全ての機器へ』だった。
少年はそれを設定入力し、ハウスオーナーの実行スイッチを押していたのだった。
ハウスオーナーからの命令電波は、すぐさま各電子機器へと届き、実行される。
少年は自分の遊び道具として、ヴィジョンモニターをよく選んでおり、自室へと持ちこんでいた。
そのため室内には大量のモニターが乱雑に置かれており、大半は遊ばれて電源の入らないスクラップ状態で、ゴミ山を形成しているが、中にはまだ機能を保ったまま放置されているものもある。
少年も数は把握していないが、なにぶん部屋を埋め尽くすほどの総数があるため、電源が入る状態のモニターはそこかしこに、かなりの数があると踏んでいた。
それら全てに一斉に、電源を入れる指令が届き、実行されたのだ。
その結果、室内のありとあらゆる場所でヴィジョンモニターは、自身に記憶されていた最後の放送電波のチャンネルを、それぞれが勝手に受信して中継を始めたのだった。
部屋中の様々な場所から、様々な音量で、様々な人の声音や音楽、番組の効果音が混ざり合おうともせず反響し、まさしく不協和音となっていった。
少年の狙いは正しかった。
これによって、マシンロイドは停止――一時停止したのだ。
少年にとって――人間にとって、あちこちで好き勝手に響く多数のモニターからの騒音は、それはそれである種の脅威ではあるのだが、単純に『うるさい』だけであり、意味のある音声を伝えているのか、半分も理解できないうえにわざわざ聞きとるつもりもないものである。
しかし機械(AI)は、人間よりもずっと真面目である。
人の脳は知覚するあらゆる情報を全て処理しようとすると、すぐにキャパシティオーバーしてしまう。
ある程度、手を抜くようにできているのだ。
AIにはそれがなく、逆に高度な人工知能は、周囲の情報を漏れなく集めることで、人間のようなスムーズな行動をとっている。
そんな高性能AIにとっての大きな問題が、あまりにも雑多な情報の過多なのだ。
つまりマシンロイドは、少年が行ったヴィジョンモニターの一斉放送によって突発的に発生した、暴風のような音声の連鎖を受け、状況判断のためにそれらを処理しようと、フリーズしてしまったのだ。
これは一般的なマシンロイドには発生しにくく、高性能なAIを搭載しているほどよく起こる現象である。
少年はこれまでのマシンロイドの挙動や状況から、この策が嵌まると確信して、実行したのだった。
それは的中しており、マシンロイドのAIにとってはまさしく、全方位を知覚できる自身の眼前で余すところなく炸裂した、閃光弾であったのだ。
文章をましにしていきたい
※ワードから一区切りつくとこまでそのままコピペしたので長いです
・①
http://sioudx.diarynote.jp/201510200051575301/
・②
http://sioudx.diarynote.jp/201510292232162034/
マシンスイーパー(仮)③
自分の右肩のすぐ傍――つい先程まで彼の身体があった空間へめがけて、非常に細長く、きらりと金属光沢のある何かが、勢いをもって差し込まれるのを少年は見た。
フェンシングフルーレ――彼は一瞬それを想起した。
だが、自分を貫かんとした剣針を先端から眼で追い、ゆっくりと侵入者本体の姿を見定めた事で、彼はその認識をすぐさま改めた。
あまりにも細く、一本のぴんと張られた糸であるかのようにさえ見える剣針のその根元は、土木作業車を思わせる無骨なアームマニピュレーターと一体化している。
人間の腕で例えればちょうど、手の部分がそのまま剣針になっている形だった。
そしてそのアームは、それと同じく鈍い銀色に光る人型の金属製ボディに接続されていた。
少年にとってその正体は、大方の見当がついていたため、驚くものでもなかった。
侵入者はこの――いわゆる『ロボット』であったのだ。
頭部は全面が黒く丸い。
全天球センサーディスプレイ式カメラになっており、上下左右全方位に死角のない視野を確保している。
メインボディは一般的な成人した人間より一回り大きく、胸部から胴体にかけてドレスやスカートを思わせる広がりを見せる。
腕部が二本、両肩からそれぞれ生えている。
左腕が人間的な手を模したマニピュレーターとなっているのに対して、右手の部分が剣針で構成されているという以外は、ほぼ完全な人型ロボットであった。
ただし、あくまでここまでは――上半身までは、という話であったが。
ロボットの全高は2mほどであるが、その上半分である人間型のボディを、大きく広がるスカート部分からアームマニピュレーターよりも太く長い四脚が伸びて支えているのだ。
四脚は、ガラクタがそこかしこに積み重なっている床のそれぞれ四方にその接地部を下ろし、しっかりと機体を安定させていた。
人型の上半身に四本脚――それだけならばケンタウロスをイメージするが、四脚を広げる姿を見れば、アラクネの方が例えとしては適正か。
人間の半身に蜘蛛の脚を持つ怪物。
少年は、このロボットを知っていた。
『遊び』の道具を探していた時だ。
ネットワークウェブを用いてヴィジョンモニターの設計データを収集していた際に偶然拾ったデータを目にしただけであったが、間違いなく。
奇異に映る四脚は、合理的な走破性の重視。
でっぷりと豊満に広がる胴体部分には、あらゆる治療器具が内蔵される。
そして、右アームのマニピュレーター代わりに接続されている、少年がフェンシングフルーレを想起した細長い剣針は、最新式のマイクロ無痛注射装置。
このロボットは――緊急医療マシンロイドなのだ。
マシンロイドは、人間の生活環境で自律機動する、人間と同程度のボディサイズを持つロボットをカテゴライズする総称である。
要するに、人間社会に適応する大きさを持って、自身が持つ人工知能(AI)で考えて行動するロボットは全てマシンロイドであり、彩葉市においてはとてもありふれた存在となっている。
街中は警備ロイドが歩き回り、施設の整備点検や清掃もマシンロイドが行う。
パークエリアやスポーツグラウンドには、飲料類を販売するマシンロイドが、人々の状態をスキャニングする機能をもって、ベストタイミングで電子音声による営業をかける光景が日常的に見られる。
そしてこの少年の眼前にあるマシンロイドは、独立して移動する病院とでも言うべき機能を搭載した、最新鋭機であった。
緊急医療が必要な災害現場へと、いかなる場所であっても瓦礫などに阻まれずに歩行し、マシンロイド自身の判断で治療措置や安全地帯への負傷者の救助を行うべく、最新技術によってつい最近に開発されたモデルであると、少年は記憶している。
――試験段階のはずだが、なぜここに。
鈍い銀色で、威圧感がある無骨で蜘蛛型というそのボディは、洗練されているとは言い難かった。
用途を踏まえると四脚型マシンロイドである点は変更されないが、試作機の性能評価がなされたら、実際に運用される正式機は怪我人を安心させる事ができるデザインへと外装が変更されるだろう事は想像に難くない。
そんな、企業の研究施設でしかお目にかかれないような新型試作機がここ――自身の室内に侵入し、あまつさえ自分に危害を加えようとした事に少年は疑問を抱いた。
いくつかの理由、可能性を考えたが、確かな事が一つだけ分かっていた。
――どうやら、仕留めるまで止まる気はないらしい。
マシンロイドは射し込んだ右腕の針が空を切った事を疑問にも思わない様子で、まさしく機械的に、再び少年に注射針(ちゅうしゃしん)を向け直した。
頭部のセンサーディスプレイは、時折自ら赤い光のラインを点滅させ、人間的に例えると、それを基準に焦点を調節する。
少年に向けて一瞬そのレッドラインが十字に明滅し、無機質なマシンロイドに表情を作った。
するとそれは四足を微妙に動かし、モーターの駆動によって腕の角度も調整、彼を正面へと捉えるのだ。
その腕の細長い注射針を彼に突き立てる事を主目的にしているのは明らかであった。
少年は静かに息を吐き、目の前の剣針を見つめた。
それは改めて見ると、彼が思う一般的な注射針よりも長く、三倍ほどの違いがあるようだった。
一本の糸のように細く長い針であっても、最新式のカーボンワイヤー製ならば高い強度を持つため、少年が勘違いしたフェンシングフルーレのような剣針大の注射針を作る事は可能である。
だが普通はそのようなサイズのものを作っても、特に緊急医療の場では邪魔になる事が容易に想定されるため、今ここにあるその針は、危害を加えやすいように専用の設計が為されたものという事になる。
――誰が何を目的に。
少年の疑問がまた一つ増えてしまったが、それについて考え始める事はできなかった。
――マシンロイドがもう一度、注射装置の剣針による突きを繰り出してくる。
それを彼はあらかじめ察知した。
背後に立たれた時は気付けなかったほどに駆動音の静かな最新機であるが、こうして相対した事によって、少年はそのわずかな音に加えて実際に見る事で関節部の動きを把握し、その挙動をつかむ事ができた。
そして、マシンロイドの次の行動を把握した少年は、ただ回避するという選択を繰り返そうとは考えなかった。
次の瞬間、実際に正確無比な突きの一閃が放たれた。
マシンロイドのセンサーディスプレイが、少年を睨みつけるようにレッドラインを光らせる。
剣針は彼の胸元へ目がけ、その身体を貫かんとした。
何倍もある体躯、質量の差は想像つかないほどの物体による一撃――その行動を読みきり、現実にも今まさにその光景を瞳に写した少年が、動いた。
マシンロイドが右腕を突き出す動きは、とても人間的に見えて円滑なものであり、それでいて機械ゆえに可能な速度と正確さを有していた。
――最新の機体だけの事はある。
自分の身体へと目がけて巨大な注射針が迫ってくる。
少年は事前に把握し、そして実際に起こったその動きの全てを見ていた。
それを見たうえで、少年は一歩前へ出た。
彼とマシンロイドの間には、先程乗り越えた、彼が作業台に使っていたテーブルが置いてある。
その上に彼は左手をつき、それを支えに体勢を低くし、躊躇なく、思い切り、左足で床を蹴った。
彼の身体が撃ち出され、ちょうどマシンロイドの剣針による攻撃と激突するような形となる。
しかし彼がそのまま串刺しになるつもりは、毛頭ない。
少年は左腕と、テーブルの端に掛けた右足を使って、無理矢理に身体を反らした。
胸元を狙い澄ましていた剣針は、彼が体勢を変えて突っ込んできた事で、彼の右目を貫かんとしていたが、少年の素早い身のこなしによって、結局は彼の右側頭部をぎりぎり掠める事となった。
剣針が間を通り抜け、長い黒髪がわずかにかき上げられる。
的確に、機械的に行われたはずだった一撃は、彼の表皮――薄皮一枚を持っていったかどうかである。
対して少年の行動は、まだ終わってはいなかった。
合成プラスチック繊維で編み込まれた白の服に包まれた少年の小さな身体は、同様の素材で作られているテーブルの表面上を少ない抵抗で滑る。
彼のゆったりした着こなしで、余った袖や裾がはためく。
そのうちの、一方の袖の中――彼の右腕から、まるで生えてくるように素早く、一本のドライバーが取り出された。
テーブル上を滑った身体は、マシンロイドの右腕の下へと潜り込み、その胴体を正面に捉え、彼の手が届く範囲にまで接近した。
少年は見事に、自分より遥かに強大なマシンロイドの懐に入ったのだった。
――腹部正面・第一メンテナンスハッチ、七番ボルトから――
少年の瞳が、妖しく光った。
彼の右腕が、マシンロイドの胴体にあるメンテナンスハッチへと伸びる――
「……ッ!」
次の瞬間、少年は思わず右手に握っていたドライバーを手放した。
それなりの重さがあるドライバーは、鈍い音を立ててテーブルの上に落ちる。
円筒形状をしているために少しばかり転がり、先程に解体されていたモニターと、散乱するその部品の中で止まった。
「本日午後からの天気の予定はこのようになっていまーす」
状況に似つかわしくない声が部屋に響く。
テーブルの上に半壊のまま放置されたモニターからであった。
いつからというなら最初からずっとであり、テーブル上を少年が行き来したものの、モニターには全く当っていなかったために、ただただ放送を受信し続けているのだ。
「……? ……ん」
それを気にする事もなく少年は数回、右手のひらをゆっくり開いては閉じた。
全体的に色の薄い彼の肌で、そこだけがほんのり赤みを帯びていた。
非常に軽度だが、火傷を思わせる状態である。
急に右手へと衝撃が走り、ドライバーを持っていられなかった。
ちょうど、強い静電気に当てられたようであった。
「……電磁フィールド、かな……」
少なからず驚きを抱いた少年の口から、小さく独り言が漏れた。
高性能な警備用マシンロイドなどには、機体の防御と敵対者の制圧を行う機能を持つ、電磁力場発生装置を備えるものがある。
それを少年は知っていた。
だがその装置は大型であるうえに必要エネルギー量がまさしく桁違いに上昇するため、あくまでごく限られた機体にのみ搭載されるはずである。
大企業の最新科学研究所内を巡回する警備ロイドを、少年は想像した。
まかり間違っても、医療用マシンロイドに標準装備される機能ではないのだ。
――滅茶苦茶な改造が施されている。
恐らくは通常の場合、医療機器コンテナとなっている膨らんだ胴体部位に、フィールド発生ジェネレーターが内包されているのだろうと、少年は推察した。
殺傷能力の高い長注射針といい、外見上は医療用であることにこだわりながら、その内実は彩葉市内でもトップクラス――つまりは世界有数の、対人戦闘用マシンロイドとして作り変えられているのだ。
あまりにも滅茶苦茶が過ぎ、荒唐無稽な話に思えたので、少年は一瞬間が経ってからも、驚きを抑えられないでいた。
ロボットというカテゴリーの中に、マシンロイドというジャンルがある。
そしてマシンロイドとひとくくりに言っても、当たり前の事ではあるが、医療用と戦闘用ではまるで種類が違うのだ。
種類が違うという事は求められるものが全く異なるわけで、内部フレームの構造から使用される接続ボルトの型式まで、それらは基礎設計の段階から完全に別物なのである。
そんな二種類を一方から、もう一方へと改造・改装するなど、非常に非効率極まりない話であり、それぞれの用途に特化した精密機械そのものであるマシンロイドにとって、それは間違いなくありえない――行われない事なのだ。
なぜここに、誰が何を目的に――そして、どうしてそのような仕様で運用されているのか。
ただただ増え続ける疑問の全てが、少年には何一つとして分からないままだった。
結局、彼にとってただ一つの確かな事は、この謎の殺人機が、自分を狙い続けているという事だけだった。
一瞬――少年が反撃に差し込もうとしたドライバーを弾かれてからの一瞬――自らの懐に飛び込んできた少年の小さな身体を、他の部位の身動ぎ一つ見せずに、頭部ユニットのみをわずかに前方へと稼働させてマシンロイドが覗きこんだ。
暗い、黒い球体が、傷一つ無いその表面に少年を写す。
そこに当然、表情は無かったが、照準合わせのレッドラインが走ると、獲物を見下ろし品定めしているようであった。
横たわったままである少年は、体勢を起こそうとはせずそのままの状態で、足と左手に身体全体も使って無理矢理に転がり、先程に乗り上げたテーブルの端から今度は逆に、その下の床へと落下した。
不格好で、数十センチの高低差とはいえ身体を打ち付けて、それなりの衝撃に痛みも走ったが仕方なかった。
右腕全体にまだ痺れが残っているため、腹ばいの状態から立ち上がるのに、片手ではわずかに時間が掛かってしまう。
その、逃げるまでのほんの少しの差が、まさしく命取りとなるかもしれない事を、少年は予期していた。
実際、マシンロイドの駆動音などを聞き分けずとも、追撃が来るだろう事は火を見るよりも明らかだった。
少年を見据えたマシンロイドは、標的の確認は再度終えたというように、突き出していた右アームを戻しながら、機体の姿勢を微妙に制御して、倒れている彼を中心へと捉え直そうとした。
だが、少年が無理をしてでも素早くテーブル上から退避したため、それを捉えきる事ができなかった。
マシンロイドは、それを悔しがるでもなく、ただ機械的に、テーブルの向こう側へと消えた少年を追いかけようとした。
四本の蜘蛛脚が稼働し、まずはそのうちの一本――左前脚の底部がテーブル上を踏みつける。
分解されたまま放置されていた様々な機器の部品が下敷きにされ、鈍く痛々しい悲鳴を上げた。
それと同時に、テーブル全体が軋みを上げ、わずかに唸る。
続いてマシンロイドは、右前脚部を出してテーブルを越えようとする素振りを見せた。
ここまでは非常にスムーズな動きであり、AIの思考完成度は高いといえる。
脚部の下にちょうど、先程に少年が取り落とした電動ドライバーと、分解されたヴィジョンモニターが放置されているものの、問題なく安定した脚部接地が行えると判断しているのだろうと考えられる。
マシンロイドは機体の両前脚で、テーブル上へと踏み込んだ。
「――はーい、今週はここまででーす! また来週も、皆さんに情報をお伝えします! それでは、さよーならー……――――――ッヅ……ッ! ヴウゥゥ……ウゥゥン……」
状況に関わらず女性アナウンサーの快活な声を受信し届け続けていたモニターが、形容しがたい音を発したのを最後に静かになった。
少年も、当然マシンロイドも考えていたわけではないが、モニターはその役割を一区切りつける事ができた段階で最期を迎えた。
放送される一番組がちょうど終了した瞬間に、モニターは踏みしだかれ、音を立てて砕けてしまったのだ。
それと同時に、少年の手を離れてしまったドライバーも脚底部の下敷きとなり、微かな壊れる音だけを残して、ほとんど抵抗なく押し潰されていく。
モニターとドライバーがマシンロイドとテーブルの間に挟まれ、ばらばらに破砕されると当然、間髪いれずにテーブル本体の板上に、無骨な右前脚部が降りる。
両前脚部がテーブルへと完全に接地し、乗り越えようとマシンロイドが脚部を稼働させ、その重心が前方に移動した、まさに時だった。
先程までは小さなうめきであったテーブルからの声が、突如として一気に炸裂し、悲痛な叫びに変わった。
それとともにテーブルの表面全体へと瞬時に亀裂が走る。
ついに限界を迎えたテーブルは、マシンロイドが前脚部を下ろした地点を中心としてばらばらに、無残に裂けていった。
運用目的、そして機種にもよるが、一般的にマシンロイドの金属パーツには、軽量で剛性・柔軟性に優れるサイカライトと呼ばれる合金が使用されているため、見た目に反してそれらの重量は軽い。
だがそれでも、子供用の合成プラスチック製テーブルではその重量を全て支えきることができなかったのだ。
少年の作業台が粉々に砕けたことで、マシンロイドの脚部はそのまま、つんのめるように床の上へと勢いよく接地した。
しかし四本の蜘蛛脚が巧みに姿勢制御を行い、機体の上半身は何もなかったかのように、まるで身動ぎしなかった。
想定よりも着地点の強度が低かった、移動に支障はなく、再び標的の確認に向かう――マシンロイドにとってはその程度のことだ。
そこに表情はないが、AIの思考はそんなところだろうと、テーブルの残骸の傍で転がっている少年は当たりをつけた。
粉砕されたプラスチック片が部屋中に舞い上がり、身体にはらはらと降りかかってくるので、彼は思わず咳き込んだ。
煙幕(スモーク)になるほどでもないので、位置がばれるなど気にすることもない。
――死期が数秒くらいは早まるかもしれないか。
少年はちらりと考えた。
そんな彼の気を察するわけもないが、他に音を発するものが無くなった部屋に、咳き込む音が響いたのと同時に、マシンロイドは床に横たわっている彼を確認したようであった。
再びそれは少年を見据えて、移動を開始した。
少年が解体したモニターの部品やテーブルの残骸、元々床に転がっていたパーツ類などがその脚の下敷きにされ、それぞれに音を立て、ばらばらに壊れていく。
少年の行った分解とはまた違う、単純な破壊であった。
確実に近づいてきているマシンロイドに対して、右肩を下にして横になっていた少年は、まるで構わないかのように少しの身動ぎをして仰向けになった。
無理に逃げようとは考えていなかった。
ここまではなんとか掻いくぐってきたが、マシンロイドの正確な攻撃を生身でかわし続けるのは、いずれ不可能になるということを少年は分かっていたのだ。
ロボット――機械であるマシンロイドは疲れを知らず、いくらバッテリー容量という活動の制限が存在するとしても、それは人間の連続行動できる時間を優に超えているのである。
少年には、最低十時間ほどはこの相手から逃げおおせる、という自信はまるで無かった。
――逃げる自信はないけれど、このままやられるつもりもない。
やがて移動を終えたマシンロイドは少年の上にまたがるような位置で停止し、正面から彼を見下ろした。
表情はない、油断も隙も当然見えない。
それを見る、少年の瞳が妖しく光る。
少年は今、見つけた『機械(AI)相手にこそ通じる方法』を、自分の正面から来る相手に対して、あらゆる方向からぶつけるつもりであった。
だからこそ彼は、その場から逃げようとしなかったのだ。
威圧感だけを与えてくる、自身の上に覆いかぶさる巨大な影を妖しげな瞳で睨みつけ、少年は密かに手元に持っていた一つのスイッチを押した。
「今日は、ハーバーエリアに来ております! こちらに先日新しいレストランが――」
「マシンロイドの運用保険各種は、安心のGG社をお選びください」
「本日、午後からは雨の予定となっております。お気をつけて」
「――対YGラビッツ、三回戦の模様をお送りいたします」
「そう……犯人はあなたですね?」
突如として少年の室内から、多種多様であまりにも雑多な言葉の渦が巻き起こった。
それは一か所ではなく、部屋中の至るところから響き渡り、騒音を超えて、ちょっとした爆発のようであった。
それこそが、少年の狙いだった。
彼は酷い喧騒の中、無理をせずゆっくりと身体を起こし、右腕を軽く振るった。
――だいぶましにはなっているかな。
そんな、言ってしまえばのんきが過ぎる少年に対して、マシンロイドは何ら行動を見せなかった。
ただ見せないのではなく行動、できないでいたのだ。
少年は完全に静止しているマシンロイドを尻目にその傍を通って軽く駆けだした。
あちこちにガラクタの山が天井近くまで積もっているので通りにくいが、広い部屋の向こう側には唯一の出入り口である自動開閉ドアがある。
そこへ向かおうとする途中で彼は、あんまり大きな音の反響の連続をうざったく感じていった。
少年はいったん立ち止まり、左手に握ったままの先程押したスイッチをぽいとその辺りへ投げ捨てた。
そして空いた両手のひらでそれぞれ耳を押さえた。
手の先の、余っている袖がふりふりと細長いウサギの耳のように揺れる。
手のひらと服での防音効果はそれなりにあったようで、彼は満足げにまた走り出した。
ガラクタの仲間入りをし、山の麓の一部となったスイッチが、周りにかき消されてしまうほんの少しの音を寂しげに立て、わずかにずり落ちて、止まった。
直方形のプラスチックケースの一面に様々なボタンや小さなディスプレイがついたリモートコントローラであった。
少年がマシンロイドの攻撃をかわしてテーブルから落ちた時、彼の傍に偶然転がっていたのだ。
普段から放置しており、彼自身もそれなりに時間を掛けて探さないと出てこないようなものであったが、その機能を知っていた彼がマシンロイドへの『攻撃策』として、素早く手元に引き寄せたのだった。
そのコントローラは『ハウスオーナー』と呼ばれる、一般の居住宅には必ず備品として存在する、一種の必需品であった。
ハウスオーナーは、それが用意された各居住空間内に存在するマイクロパルス送電システムへの登録が完了している、それぞれの電子機器をコントロールする機能を持ち合わせている。
つまりは、一度宅内でバッテリーを供給するコンセントスタンドに紐付けした機械製品ならば、スイッチ一つで全て自由に使えるようにする機器である。
どれだけ科学が進歩しても、人間は怠惰な生物であり、むしろ機械であらゆる作業・生活がこなせるようになると、膨大な数のそれぞれに特化された機器の機能設定が分からないという人間が増えていった。
これは少年にとっては理解しがたいことであったが、例えば室内灯をオンオフするという行為を、どういった理論で、どのようにするのか分からないという人間は、この科学都市彩葉市にも珍しくはないという。
ゆえにハウスオーナーは作られたのだった。
昔の話であり、少年も製作された経緯は知識として知っているのみであったが。
彼は普段から自宅内で機械製品を扱う際には、それぞれのコントロールパネルや備え付けの各種コントローラを用いていた。
便利かどうかよりは、ただ様々な機器に触るということに魅力を感じていたと言えるか。
そのためにハウスオーナーはどこにしまうでもなく完全に放置されていたのだが、それが結果的に起死回生の一手に繋がったということに、少年はただただ驚いていた。
――もう少し、丁重に扱ってあげても良かったかな?
少し後方を見やりつつ、少年は口元をわずかに緩めた。
少年が、ハウスオーナーを使って行った電子機器への指令は、非常に単純なものであった。
『電源を入れる』
ただそれだけである。
しかし、正確にはもう少し、付け足されていたコマンドがあった。
それは『この区画内――室内全ての機器へ』だった。
少年はそれを設定入力し、ハウスオーナーの実行スイッチを押していたのだった。
ハウスオーナーからの命令電波は、すぐさま各電子機器へと届き、実行される。
少年は自分の遊び道具として、ヴィジョンモニターをよく選んでおり、自室へと持ちこんでいた。
そのため室内には大量のモニターが乱雑に置かれており、大半は遊ばれて電源の入らないスクラップ状態で、ゴミ山を形成しているが、中にはまだ機能を保ったまま放置されているものもある。
少年も数は把握していないが、なにぶん部屋を埋め尽くすほどの総数があるため、電源が入る状態のモニターはそこかしこに、かなりの数があると踏んでいた。
それら全てに一斉に、電源を入れる指令が届き、実行されたのだ。
その結果、室内のありとあらゆる場所でヴィジョンモニターは、自身に記憶されていた最後の放送電波のチャンネルを、それぞれが勝手に受信して中継を始めたのだった。
部屋中の様々な場所から、様々な音量で、様々な人の声音や音楽、番組の効果音が混ざり合おうともせず反響し、まさしく不協和音となっていった。
少年の狙いは正しかった。
これによって、マシンロイドは停止――一時停止したのだ。
少年にとって――人間にとって、あちこちで好き勝手に響く多数のモニターからの騒音は、それはそれである種の脅威ではあるのだが、単純に『うるさい』だけであり、意味のある音声を伝えているのか、半分も理解できないうえにわざわざ聞きとるつもりもないものである。
しかし機械(AI)は、人間よりもずっと真面目である。
人の脳は知覚するあらゆる情報を全て処理しようとすると、すぐにキャパシティオーバーしてしまう。
ある程度、手を抜くようにできているのだ。
AIにはそれがなく、逆に高度な人工知能は、周囲の情報を漏れなく集めることで、人間のようなスムーズな行動をとっている。
そんな高性能AIにとっての大きな問題が、あまりにも雑多な情報の過多なのだ。
つまりマシンロイドは、少年が行ったヴィジョンモニターの一斉放送によって突発的に発生した、暴風のような音声の連鎖を受け、状況判断のためにそれらを処理しようと、フリーズしてしまったのだ。
これは一般的なマシンロイドには発生しにくく、高性能なAIを搭載しているほどよく起こる現象である。
少年はこれまでのマシンロイドの挙動や状況から、この策が嵌まると確信して、実行したのだった。
それは的中しており、マシンロイドのAIにとってはまさしく、全方位を知覚できる自身の眼前で余すところなく炸裂した、閃光弾であったのだ。
創作小説 「ノーベル」
2015年12月24日 趣味今ふと思いついたので
『ノーベル』
「――続いて、化学賞の発表です」
目の前のテレビジョンモニターが放送する番組を、男はつまらなそうに見ていた。
先程から、いかにも理知的な雰囲気の人間たちが、自身の受賞内容を述べるのを聞いているが、一つも頭に入ってこない。
高等なものは退屈でいけない。
男がそう思ったのと同時にモニターから、司会をする慎ましく清楚な容貌の美女も、かしこまりフォーマルな格好に身を包んだ者たちも消えた。
男が認識できない一瞬の暗闇を挟み、再びモニターに色が灯る。
先までの、厳かな基調の会場とは違う、明るい原色で埋められたスタジオが映し出される。
そこでは、何人かのタレントが身体を使った軽いスポーツに興じながら、様々な問題に答える人気の番組が放送されていた。
男はそれをぼうっと見つめ、時折笑う。
「やはり、クイズ番組はこれくらいが面白い。 あちらの番組は、昔から伝統あるものだが、どうも複雑でいけない」
量子コンピュータ『ノーベル』が誕生してから、人類の生活は変わった。
人間よりも利口であるそれは、森羅万象を計算し尽くし、今の科学で実現できるあらゆる便利な装置により、人の暮らしを豊かにしているのだ。
そして、今現在も科学を発展させ、実現できる範囲を広げ続けている。
その科学の内容について、知っている者はほとんどいない。
人間が考えずとも、『ノーベル』が全てを行ってくれるのだから、それも当然であった。
だが中には、『ノーベル』の計算した各分野について、独力でその正しさを証明する人間がいる。
そして一年に一度、そんな人間を表彰する番組があり、それが放送されるのが今日だったのである。
『ノーベル』から出された難解な問題に回答する、世界一高等なクイズ番組であった。
だが面白くなくては、何ともならない。
男はため息を吐き、モニターから目を離した。
するとモニターは暗くなり、一切を映さなくなった。
考えるだけで、そのようになるのだ。
「もう飽きてしまった。 何か退屈をしのぐものはないか」
生活に不自由することはない。
『ノーベル』がそのようにしてくれる。
だが人間の退屈というものを、『ノーベル』は理解してくれないのだ。
それ自体は肉体的にも精神的にも、問題を起こすものではないために、あらゆる病の治療された今も、残されてしまっているのだ。
「ああ、退屈だ。 俺も、頭が良ければ、『ノーベル』の問題に答えられたかもしれないが……そうすれば少しは、退屈がまぎれるだろうに」
『ノーベル』
「――続いて、化学賞の発表です」
目の前のテレビジョンモニターが放送する番組を、男はつまらなそうに見ていた。
先程から、いかにも理知的な雰囲気の人間たちが、自身の受賞内容を述べるのを聞いているが、一つも頭に入ってこない。
高等なものは退屈でいけない。
男がそう思ったのと同時にモニターから、司会をする慎ましく清楚な容貌の美女も、かしこまりフォーマルな格好に身を包んだ者たちも消えた。
男が認識できない一瞬の暗闇を挟み、再びモニターに色が灯る。
先までの、厳かな基調の会場とは違う、明るい原色で埋められたスタジオが映し出される。
そこでは、何人かのタレントが身体を使った軽いスポーツに興じながら、様々な問題に答える人気の番組が放送されていた。
男はそれをぼうっと見つめ、時折笑う。
「やはり、クイズ番組はこれくらいが面白い。 あちらの番組は、昔から伝統あるものだが、どうも複雑でいけない」
量子コンピュータ『ノーベル』が誕生してから、人類の生活は変わった。
人間よりも利口であるそれは、森羅万象を計算し尽くし、今の科学で実現できるあらゆる便利な装置により、人の暮らしを豊かにしているのだ。
そして、今現在も科学を発展させ、実現できる範囲を広げ続けている。
その科学の内容について、知っている者はほとんどいない。
人間が考えずとも、『ノーベル』が全てを行ってくれるのだから、それも当然であった。
だが中には、『ノーベル』の計算した各分野について、独力でその正しさを証明する人間がいる。
そして一年に一度、そんな人間を表彰する番組があり、それが放送されるのが今日だったのである。
『ノーベル』から出された難解な問題に回答する、世界一高等なクイズ番組であった。
だが面白くなくては、何ともならない。
男はため息を吐き、モニターから目を離した。
するとモニターは暗くなり、一切を映さなくなった。
考えるだけで、そのようになるのだ。
「もう飽きてしまった。 何か退屈をしのぐものはないか」
生活に不自由することはない。
『ノーベル』がそのようにしてくれる。
だが人間の退屈というものを、『ノーベル』は理解してくれないのだ。
それ自体は肉体的にも精神的にも、問題を起こすものではないために、あらゆる病の治療された今も、残されてしまっているのだ。
「ああ、退屈だ。 俺も、頭が良ければ、『ノーベル』の問題に答えられたかもしれないが……そうすれば少しは、退屈がまぎれるだろうに」
思い出したように続きをば
・前回
http://sioudx.diarynote.jp/201510200051575301/
マシンスイーパー(仮)②
――次は何をして遊ぼうか。
少年は漠然と考えながら、ぼうっとした微笑みを湛えて、半壊のまま放送を流し続けるヴィジョンモニターを眺めた。
「――のあなた! 目の前に大きな問題が立ちはだかりそう……変に動かず、どっしり構えて考えるのも、解決への近道かもね! ラッキーアイテムは電動工具!」
「……ん」
少年は、何か違和感を覚えた。
眼前のモニターからだった。
その違和感はひどく小さなものであり、彼は一つの遊戯が終わった後の余韻に浸っていたので、見逃す事も十分にありえた。
だがたまたま、偶然に彼はそれについて調べる気になった。
――次の遊びを見つけたかもしれない。
そのような感覚だった。
少年は体勢を整えてモニターの前に座り直し、両腕を画面へと向けた。
ゆらゆらと余った袖口が揺れる。
そこから彼は、まるで生えてくるように工具を取り出した。
GF(ゲートフロンティア)社製の多機能ドライバーだ。
最も手に馴染むと、少年は考えている。
それを彼は二本、袖の中に隠れている両の手にそれぞれ持ち早速、『遊び』に取り掛かった。
既に限界を迎えていたモニターは、少年が最初に手をつけた、画面のすぐ裏で剥き出しになっているボルトが本体から離れた段階で自重を支えられなくなり、今まさに崩れる瞬間であった。
そのためにまず彼はモニターの背中側を左手のひらで支え、そっとテーブルの上で横倒しにした。
そこからは、先程まで纏っていたゆったりした雰囲気が嘘のようだった。
彼は極まった素早い手つきをもって、次々にいくつかの小さな部品を外していく。
作業中に時折と、袖の合間から小さな白い肌の手が覗く事はあるのだが、自由自在に工具を扱う姿もあってまるで、工具が直接腕になっているようであった。
ほどなくして、モニターから小型のボルトが十個弱と、プラスチック製の灰色をした内部フレームが三つ、そして――一つの小さな黒い箱が分離された。
少年は箱を袖に覆われた右手のひらに乗せて、それとテーブルに横たえたモニターとをゆっくり交互に見つめた。
「はーい! これで今日の占いは終了でーす! 来週の占いも、楽しみにしてね!」
モニターは変わらずに放送を続ける。
それが、少年にとっては疑問であった。
彼はネットワークウェブを用いて、自宅へ持ち込んだヴィジョンモニターの設計データを入手し、それを確認してモニターの解体を始めていた。
だが、取り出したばかりの黒い箱は、彼が見たデータでのそれが納まっていた場所に取り付けられている装置とはわずかに形状が違い、ほんの一回り小さかった。
それが違和感の正体だったのだが、少年の興味は更に別の方向へと移る。
本来納まっているはずの部品は、電波受信に必要なパーツだったのだ。
――稼働に支障がないという事は、この箱を余計に組み込めるように内部が改造されている……精巧に本来と似せて……何故こんな手の込んだ事を……それに、この取り付けられていた箱は――
『遊び』の中で、いくつも機械製品を見てきた少年には、それが何なのかはすぐに分かった。
「これ……やっぱり発信――」
手の上の小箱を訝しげに見つめていた少年が、思った事をそのまま独り切り出した時だった。
彼は、手のひらと黒箱を見下ろしている自身の視界に背景として映るプラスチックタイルの床の上へ、自分の身体を覆い尽くすだけの大きさをもった影がかかるのをはっきりと見た。
とりあえず、振り返ってみようかと彼が口を閉じ、左回りで体勢を変え始めた瞬間、彼の左耳が背後に近付いた事で、その方向からの微かな音を捉えた。
――モーターの駆動音。
ほんのわずかな音であったが、機械類に普段から触り続けている少年にはそれが分かった。
更には、その種類と動作についても大体の当たりをつけてしまえた。
――人間サイズの歩行機械に使用されるマニピュレーターの関節モーター……動いているモーター数から、おそらく行われているのは人間的に例えるならば、『拳の打ち出し』。
少年は振り返るのを止めた。
嫌な予感、とは少し違う。
明確な――確信があった。
何モノかは分からないが、自分に今まさに、危害を加えようとしている存在が背後にいるのだ。
少年は上体を反らすようにし、右方向へと飛び退いた。
半分は振り返りかけていたので、ちょうど先程まで彼の前方にあった作業台のテーブルを乗り越すかたちとなった。
極めてインドアな『遊び』に興じていた彼であるが、その身のこなしは軽く、白の服がはためいてまるで羽のようであった。
テーブルの上を小さな身体が転がる。
がしゃがしゃとテーブル上でまばらにあるパーツ類が音をたて、めきめきとひしゃげ悲鳴を上げるものもあった。
身体の数か所に小さなボルトが食いこんで、結構な痛みを覚えたが構わずに、彼は受け身をとってテーブルの向こう側へ転がり込んだ。
すぐに体勢を整えて立ち上がる。
そして、彼は影の正体――謎の侵入者と相対するように向き直った。
・前回
http://sioudx.diarynote.jp/201510200051575301/
マシンスイーパー(仮)②
――次は何をして遊ぼうか。
少年は漠然と考えながら、ぼうっとした微笑みを湛えて、半壊のまま放送を流し続けるヴィジョンモニターを眺めた。
「――のあなた! 目の前に大きな問題が立ちはだかりそう……変に動かず、どっしり構えて考えるのも、解決への近道かもね! ラッキーアイテムは電動工具!」
「……ん」
少年は、何か違和感を覚えた。
眼前のモニターからだった。
その違和感はひどく小さなものであり、彼は一つの遊戯が終わった後の余韻に浸っていたので、見逃す事も十分にありえた。
だがたまたま、偶然に彼はそれについて調べる気になった。
――次の遊びを見つけたかもしれない。
そのような感覚だった。
少年は体勢を整えてモニターの前に座り直し、両腕を画面へと向けた。
ゆらゆらと余った袖口が揺れる。
そこから彼は、まるで生えてくるように工具を取り出した。
GF(ゲートフロンティア)社製の多機能ドライバーだ。
最も手に馴染むと、少年は考えている。
それを彼は二本、袖の中に隠れている両の手にそれぞれ持ち早速、『遊び』に取り掛かった。
既に限界を迎えていたモニターは、少年が最初に手をつけた、画面のすぐ裏で剥き出しになっているボルトが本体から離れた段階で自重を支えられなくなり、今まさに崩れる瞬間であった。
そのためにまず彼はモニターの背中側を左手のひらで支え、そっとテーブルの上で横倒しにした。
そこからは、先程まで纏っていたゆったりした雰囲気が嘘のようだった。
彼は極まった素早い手つきをもって、次々にいくつかの小さな部品を外していく。
作業中に時折と、袖の合間から小さな白い肌の手が覗く事はあるのだが、自由自在に工具を扱う姿もあってまるで、工具が直接腕になっているようであった。
ほどなくして、モニターから小型のボルトが十個弱と、プラスチック製の灰色をした内部フレームが三つ、そして――一つの小さな黒い箱が分離された。
少年は箱を袖に覆われた右手のひらに乗せて、それとテーブルに横たえたモニターとをゆっくり交互に見つめた。
「はーい! これで今日の占いは終了でーす! 来週の占いも、楽しみにしてね!」
モニターは変わらずに放送を続ける。
それが、少年にとっては疑問であった。
彼はネットワークウェブを用いて、自宅へ持ち込んだヴィジョンモニターの設計データを入手し、それを確認してモニターの解体を始めていた。
だが、取り出したばかりの黒い箱は、彼が見たデータでのそれが納まっていた場所に取り付けられている装置とはわずかに形状が違い、ほんの一回り小さかった。
それが違和感の正体だったのだが、少年の興味は更に別の方向へと移る。
本来納まっているはずの部品は、電波受信に必要なパーツだったのだ。
――稼働に支障がないという事は、この箱を余計に組み込めるように内部が改造されている……精巧に本来と似せて……何故こんな手の込んだ事を……それに、この取り付けられていた箱は――
『遊び』の中で、いくつも機械製品を見てきた少年には、それが何なのかはすぐに分かった。
「これ……やっぱり発信――」
手の上の小箱を訝しげに見つめていた少年が、思った事をそのまま独り切り出した時だった。
彼は、手のひらと黒箱を見下ろしている自身の視界に背景として映るプラスチックタイルの床の上へ、自分の身体を覆い尽くすだけの大きさをもった影がかかるのをはっきりと見た。
とりあえず、振り返ってみようかと彼が口を閉じ、左回りで体勢を変え始めた瞬間、彼の左耳が背後に近付いた事で、その方向からの微かな音を捉えた。
――モーターの駆動音。
ほんのわずかな音であったが、機械類に普段から触り続けている少年にはそれが分かった。
更には、その種類と動作についても大体の当たりをつけてしまえた。
――人間サイズの歩行機械に使用されるマニピュレーターの関節モーター……動いているモーター数から、おそらく行われているのは人間的に例えるならば、『拳の打ち出し』。
少年は振り返るのを止めた。
嫌な予感、とは少し違う。
明確な――確信があった。
何モノかは分からないが、自分に今まさに、危害を加えようとしている存在が背後にいるのだ。
少年は上体を反らすようにし、右方向へと飛び退いた。
半分は振り返りかけていたので、ちょうど先程まで彼の前方にあった作業台のテーブルを乗り越すかたちとなった。
極めてインドアな『遊び』に興じていた彼であるが、その身のこなしは軽く、白の服がはためいてまるで羽のようであった。
テーブルの上を小さな身体が転がる。
がしゃがしゃとテーブル上でまばらにあるパーツ類が音をたて、めきめきとひしゃげ悲鳴を上げるものもあった。
身体の数か所に小さなボルトが食いこんで、結構な痛みを覚えたが構わずに、彼は受け身をとってテーブルの向こう側へ転がり込んだ。
すぐに体勢を整えて立ち上がる。
そして、彼は影の正体――謎の侵入者と相対するように向き直った。
先日書いた通り、主に友人知人向けに公開します
いわゆるラノベなので苦手な人は注意です
投稿しようという作品なのでその域に達することができるよう感想募集です
マシンスイーパー(仮)①
「こんにちは、お昼のニュースの時間です! 本日も私、海松(みまつ)みないが、彩葉(さいば)市の情報をお届けしまーす」
――家の近場、いつものグレイブヤードから適当に見繕ってきた、旧式のヴィジョンモニターは、少し時間が掛かりはしたものの作業台に備え付けられたコンセントスタンドを無事認識し、マイクロパルス送電を受け付けてその機能を回復した。
――ディスプレイは煤けて傷だらけだが、内部は問題ないらしい。
捨てられていたモニターを自宅へと持ち込んだ少年が、その状態を一つ一つ確認しながら黙々と頷いた。
グレイブヤードは最先端の技術を担う科学都市――彩葉市の各市民居住地区に一つは存在している、不要となった機械製品を廃棄するための場所である。
ゴミ捨て場から何を持ってきたところで、咎める人間などいない。
少年は自宅の自室――スペースは広いが、それこそグレイブヤードと変わりないのではないかというほどにボロボロの機械類があちこちに散乱あるいは、うずたかく積まれている空間の、崩れてこない程度のガラクタの山をいくらか動かした。
それによって、久しく見ていなかった合成プラスチックタイルが覗き、その上へ腰を下ろす。
座る際に少年の黒髪がふわりと踊る。
その長い髪が、彼のまだ幼さが垣間見える顔立ちを半分は隠していた。
モニターを置く、彼が日頃から作業台として使っている脚の短いチャイルドテーブルの前に胡坐をかいて座るその姿は、その眼前のモニターの全高と同じ程の大きさである。
少年は10歳より少し上くらいの年齢に見える。
服装は白のシンプルでゆったりした服を着ており、サイズが大きすぎて上着だけでワンピースのようだった。
あまりに余った袖に、手の先が隠れている。
そんな、明らかに子供の彼であったが、その瞳だけが不釣り合いに妖しく――艶めかしくさえ見える光を含んで、じっとモニターを見つめていた。
「――スーパーコンピュータ『量(ハカリ)』によって、A3型血液病の新しい治療法が考案されました。応用計算の終了後、臨床実験が行われ、正式に導入される予定です。更に『量』は、これらに関連する医療法改正について先程、審議ネットワークを開きました。問題は見られず、改正はまもなく可決される見通しです。『量』はホントにすごいですねー。はい、この件について――」
モニターは当たり前にその役割を果たし、彩葉市全域に流れる放送電波を受信し続けていた。
少年は一心不乱にそのモニターを見つめ続けている……だが、その意識はどうも画面には向いておらず、放送の内容について彼は意に介していない様子だった。
「――はい、ありがとうございました! 次のニュースです。えー……本日未明、ゲートフロンティア社彩葉市部長、浅倉悠(あさくら ゆう)さん48歳が、在宅中何者かに殺害されました。浅倉さんは全身から血を抜かれており、警察はこの点から先日起きた彩葉学院名誉教授、ディアルスタァ=オッキシネン氏の殺害事件と、何らかの関連性があると見て捜査を進めています。怖い事件ですよねー……はい、この事件について、重大犯罪ジャーナリストの、梅河御旗(うめかわ みはた)さんからお話をいただきます」
「はい、二つの事件はどちらも被害者が、血を抜かれているのは共通しているんですが、方法については分かっていないんです。警察は最新の医療機器を用いての犯行の可能性も見ているようです。今は、頭に刺しても問題ないマイクロ注射器などもありますから、それだと痕が残りませんね」
「その他にもこの二つの事件には更に、セキュリティに関連する共通点が見受けられるとか」
「はい、そうなんです。これらの事件では両者ともに在宅中で、玄関の電子ロックには異常が見られず、しっかりと施錠がされていたんですね。殺害方法だけでなく、万全だったセキュリティの突破法も謎となっています。はい、ネットワークウェブ上では早速『招かれる吸血鬼事件』なんて、現代に蘇った怪奇事件として語られていますが――」
「は、あー……」
ニュース放送を流し続けているモニターを、ずっと見つめていた少年が長い息を吐いた。
それまで、彼の手はずっとヴィジョンモニターへと伸ばされていたのだが、彼はその手を一旦下ろし、その後肩の上へと腕を大きく伸ばした。
「んー……!」
ぎゅっと眼を閉じて伸びをする少年は、まさしく一仕事を終えた、というようであった。
今、先程ガラクタの山を片づけて、はっきりと見えているはずだった彼の周囲の床には、様々な機械部品が無造作に転がり散らかっている。
それらは、周りの山から崩れ落ちて散らばったりしたのではない。
それらは――全て少年の目の前にあるモニターのものであった。
変わらず、廃棄されていたヴィジョンモニターは放送電波の受信を続け、その機能を真っ当に果たしている。
だが、そのモニターの形状は様変わりしてしまっていた。
外枠のプラスチックケースは内部構造を支えるフレーム部分を残して全て取り払われ、中にぎっしり詰まっていたはずの機材も半分以上が抜き取られて、むなしい空洞を晒している。
ディスプレイのみが万全の状態を保っており、正面から一見すると変わりない中古のモニターであるが、見る角度を少し変えればその惨状とも呼べる状態を確認する事ができる。
指一つ、触れれば分解してしまいそうである。
元から人々を魅せるように作られた作品――スケルトン仕様のインテリアオブジェ、物珍しさに見物人を呼び込むアート展示品を想起させる。
「では次は占いのコーナー! 今日の占いは、ダーツ占いでーす! 私がこのダーツを向こうのボードに投げて、刺さったエリアに書かれている事が、今日のあなたの運勢! それじゃーいくよー!」
しかしこのモニターは違うのだ。
アートの作品やインテリアではない、ただの一般的な量産品で、ゴミとして捨てられていた中古品で、そして今も実際に放送電波の受信に使える、人々に『見せる』事ができる実用品なのだ。
――機械の稼働中に、最低限必要な部品だけを残して後は解体する、最低限、限界のその一杯まで……。
少年はいたく満足げであった。
ずっと実践しようと考えていた『遊び』が上手くいったのだから、それも当然ではあった。
いわゆるラノベなので苦手な人は注意です
投稿しようという作品なのでその域に達することができるよう感想募集です
マシンスイーパー(仮)①
「こんにちは、お昼のニュースの時間です! 本日も私、海松(みまつ)みないが、彩葉(さいば)市の情報をお届けしまーす」
――家の近場、いつものグレイブヤードから適当に見繕ってきた、旧式のヴィジョンモニターは、少し時間が掛かりはしたものの作業台に備え付けられたコンセントスタンドを無事認識し、マイクロパルス送電を受け付けてその機能を回復した。
――ディスプレイは煤けて傷だらけだが、内部は問題ないらしい。
捨てられていたモニターを自宅へと持ち込んだ少年が、その状態を一つ一つ確認しながら黙々と頷いた。
グレイブヤードは最先端の技術を担う科学都市――彩葉市の各市民居住地区に一つは存在している、不要となった機械製品を廃棄するための場所である。
ゴミ捨て場から何を持ってきたところで、咎める人間などいない。
少年は自宅の自室――スペースは広いが、それこそグレイブヤードと変わりないのではないかというほどにボロボロの機械類があちこちに散乱あるいは、うずたかく積まれている空間の、崩れてこない程度のガラクタの山をいくらか動かした。
それによって、久しく見ていなかった合成プラスチックタイルが覗き、その上へ腰を下ろす。
座る際に少年の黒髪がふわりと踊る。
その長い髪が、彼のまだ幼さが垣間見える顔立ちを半分は隠していた。
モニターを置く、彼が日頃から作業台として使っている脚の短いチャイルドテーブルの前に胡坐をかいて座るその姿は、その眼前のモニターの全高と同じ程の大きさである。
少年は10歳より少し上くらいの年齢に見える。
服装は白のシンプルでゆったりした服を着ており、サイズが大きすぎて上着だけでワンピースのようだった。
あまりに余った袖に、手の先が隠れている。
そんな、明らかに子供の彼であったが、その瞳だけが不釣り合いに妖しく――艶めかしくさえ見える光を含んで、じっとモニターを見つめていた。
「――スーパーコンピュータ『量(ハカリ)』によって、A3型血液病の新しい治療法が考案されました。応用計算の終了後、臨床実験が行われ、正式に導入される予定です。更に『量』は、これらに関連する医療法改正について先程、審議ネットワークを開きました。問題は見られず、改正はまもなく可決される見通しです。『量』はホントにすごいですねー。はい、この件について――」
モニターは当たり前にその役割を果たし、彩葉市全域に流れる放送電波を受信し続けていた。
少年は一心不乱にそのモニターを見つめ続けている……だが、その意識はどうも画面には向いておらず、放送の内容について彼は意に介していない様子だった。
「――はい、ありがとうございました! 次のニュースです。えー……本日未明、ゲートフロンティア社彩葉市部長、浅倉悠(あさくら ゆう)さん48歳が、在宅中何者かに殺害されました。浅倉さんは全身から血を抜かれており、警察はこの点から先日起きた彩葉学院名誉教授、ディアルスタァ=オッキシネン氏の殺害事件と、何らかの関連性があると見て捜査を進めています。怖い事件ですよねー……はい、この事件について、重大犯罪ジャーナリストの、梅河御旗(うめかわ みはた)さんからお話をいただきます」
「はい、二つの事件はどちらも被害者が、血を抜かれているのは共通しているんですが、方法については分かっていないんです。警察は最新の医療機器を用いての犯行の可能性も見ているようです。今は、頭に刺しても問題ないマイクロ注射器などもありますから、それだと痕が残りませんね」
「その他にもこの二つの事件には更に、セキュリティに関連する共通点が見受けられるとか」
「はい、そうなんです。これらの事件では両者ともに在宅中で、玄関の電子ロックには異常が見られず、しっかりと施錠がされていたんですね。殺害方法だけでなく、万全だったセキュリティの突破法も謎となっています。はい、ネットワークウェブ上では早速『招かれる吸血鬼事件』なんて、現代に蘇った怪奇事件として語られていますが――」
「は、あー……」
ニュース放送を流し続けているモニターを、ずっと見つめていた少年が長い息を吐いた。
それまで、彼の手はずっとヴィジョンモニターへと伸ばされていたのだが、彼はその手を一旦下ろし、その後肩の上へと腕を大きく伸ばした。
「んー……!」
ぎゅっと眼を閉じて伸びをする少年は、まさしく一仕事を終えた、というようであった。
今、先程ガラクタの山を片づけて、はっきりと見えているはずだった彼の周囲の床には、様々な機械部品が無造作に転がり散らかっている。
それらは、周りの山から崩れ落ちて散らばったりしたのではない。
それらは――全て少年の目の前にあるモニターのものであった。
変わらず、廃棄されていたヴィジョンモニターは放送電波の受信を続け、その機能を真っ当に果たしている。
だが、そのモニターの形状は様変わりしてしまっていた。
外枠のプラスチックケースは内部構造を支えるフレーム部分を残して全て取り払われ、中にぎっしり詰まっていたはずの機材も半分以上が抜き取られて、むなしい空洞を晒している。
ディスプレイのみが万全の状態を保っており、正面から一見すると変わりない中古のモニターであるが、見る角度を少し変えればその惨状とも呼べる状態を確認する事ができる。
指一つ、触れれば分解してしまいそうである。
元から人々を魅せるように作られた作品――スケルトン仕様のインテリアオブジェ、物珍しさに見物人を呼び込むアート展示品を想起させる。
「では次は占いのコーナー! 今日の占いは、ダーツ占いでーす! 私がこのダーツを向こうのボードに投げて、刺さったエリアに書かれている事が、今日のあなたの運勢! それじゃーいくよー!」
しかしこのモニターは違うのだ。
アートの作品やインテリアではない、ただの一般的な量産品で、ゴミとして捨てられていた中古品で、そして今も実際に放送電波の受信に使える、人々に『見せる』事ができる実用品なのだ。
――機械の稼働中に、最低限必要な部品だけを残して後は解体する、最低限、限界のその一杯まで……。
少年はいたく満足げであった。
ずっと実践しようと考えていた『遊び』が上手くいったのだから、それも当然ではあった。